第17話 天上の美味かな?


「若い姐さんに握り飯を作ってもらうなんて、嫁でも貰えたような気になるなぁ」

「俺なんぞ、吉原で金は取られる相方には会えずで、せめてってんで若い衆が無骨に握った握り飯が前回だぞ」

「そらまた硬そうな握り飯だな。

 前の夜にゃ自分の筒を握った手で、握ったんじゃねぇのか」

「よせやい」

「おう、これ見ろや。

 昆布の佃煮とやら、ごまが入っていやがるし、すげぇ量が入っているぞ」

 わいわいがやがや。


 米の炊ける甘い香りと、ぴかぴかの新米の白さ、佳苗ちゃんたち女の子の手際良さ、食べている人たちの反応で、さらに人が集まってくる。


 鳶の威勢のいいあんちゃんが、忙しく手を動かしている佳苗ちゃんに聞く。

「目黒の玉子和えってのはなんだい?」

「絶対に損はさせませんから、1つお召し上がりになってくださいな」

「教えねぇ、ってか。

 おもしれぇ。

 不味かったら『不味いっ』大声で叫ぶけどソレでも良いか?」

「美味かったら、『美味いっ』って叫んでくれるなら」

「よし、じゃ、1つ」

「ありがとうございます」

 お金は僕が受け取る。

 ま、衛生への配慮だ。


 鳶のお兄さん、威勢がいいねぇ。

 中身がなにかも知らぬまま、おにぎりを割って中身を確かめることもせず、いきなり大口開けて食らいついた。

「な、なんだこりゃあっ!

 こんなものは食ったことがねぇ。

 すげぇぞ、コレは!」

 ふふん、すげぇだろ。

 で、美味かったなら、「美味いっ」って叫べよな。


 これ、実際とんでもなく美味いもんだ。

 正体はツナマヨ。

 江戸でマグロは下魚とされて価格が安い。その中でもトロは、常温保存では臭みが一瞬で出てくるのでさらに安い。

 でもね、僕たちは時間跳躍機で漁村に飛んで、船が陸に上がった瞬間に大トロ部分だけをタダ同然の二束三文で買い、漁師の台所を借りてそれを茹であげてほぐして、生卵と酢を混ぜた。

 油を入れる必要なんかない。マグロの脂だけで十分なんだ。で、コストはほぼ玉子代だけなんだけど、すごい量ができあがったよ。

 それにちょいと胡椒と青のりを振っておにぎりの具に入れたら、僕たちの時間の常識からしてもありえないほど美味しいものが出来上がった。近海物の鮮度抜群なクロマグロだもんね。不味いわけがない。


 佳苗ちゃんなんか、僕たちが止めてもつまみ食いの手が止まらなくて、慣れぬ脂にやられて胸が一杯になったほどだ。

 江戸の人は脂とたんぱく質がやたら不足しているから、それも相まって天上の美味だろうさ。


 実はおにぎりの具、全部こんな感じでコストが掛かっていない。

 昆布と鰹節は、蕎麦屋台の元締のところから出汁がらをもらってきて煮上げた。

 特に鰹節は削るときに出た粉をもらってきて足したから、旨味が濃いはずだ。でもって、どっちもタダ同然。

 昆布に振った胡麻の出どころは、混ぜる前の七味唐辛子。付き合いがあるから仕入れ値は抑えられている。


 実はツナマヨに混ぜた青のりの出どころもここ、混ぜる前の七味唐辛子。

 七味唐辛子の各パーツ、使い勝手が良過ぎて震えたよ。


 辛子味噌の味噌も、タダ同然だった。

 蕎麦を醤油味の出汁で食べるようになって、大根おろしと味噌という食べ方は一気に廃れた。でも、蕎麦屋台の元締のところに味噌の在庫がまだまだあったんだよね。それを小樽1つ買い叩いた。

 元締も、場所が空くってんで喜んでいたし、Win-Winだよね。

 もちろん唐辛子も、混ぜる前の七味から。隠し味に七味の材料の麻の実、芥子の実と陳皮も入れたから、単に辛いだけじゃなくてコクもあるし香りもいい。


 梅干しは信州の農家を数軒回って値を聞いただけで、勝手に値崩れして安く買えた。

 なぜ信州かって言うと、そもそも野沢菜漬を買いに行ったから。

 まだ野沢菜漬って名称もない時代で、単なる蕪菜漬と呼ばれていて世に知られていない。

 しかもまだ秋口で、漬けて数日だからってんでより安く買えた。冬越しの野菜はこれだけって勢いで大樽でいくつも漬けているから、小樽1つ分なんて誤差の範囲なんだろうし、減った分はまだまだ畑にある野沢菜を漬け足せば済んでしまう。

 畑にはまだまだ生えていたし、「食べきれないから持って行け」って言うからいくらか貰ってきたよ。


 逆に一番高かったのが海苔。

 海苔の養殖は本格しつつあるとは言え、板海苔はまだまだ本格的生産に至っていない。

 それでも100枚まとめたら、割り引いてくれたんだよ。で、1個のおにぎりに0.5枚使えばかなりの贅沢だ。とはいえ、具が中に入らない分、使う米の量も増える。

 一番コストが高いのが海苔巻きおにぎりってのは、僕たちにも予想外だった。



 そして……。

「おう、味噌汁も一杯くんな」

「かしこまりましたぁ」

「お……、こいつは……」

 ふふふ、声も出まい。


 これこそ廃品利用の最たるもの。

 さっきのマグロの茹で汁に、貰った野沢菜を地下の蕪ごと切り込み、余り味噌と混ぜる前の七味唐辛子の余った具の山椒と生姜のすりおろしを振った。

 僕たちからすれば原価ほぼ0文だけど、どうだ、ここまで美味いものなんて食ったことはないだろ?

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