第58話 侍の料理
侍ってのも、大変なんだねぇ。
酒が入って、鶏というか、軍鶏鍋をつつきながら僕たちは話す。
まだまだ食用としては一般的ではない軍鶏だけど、闘鶏用としてなら飼っている場所はあるんだ。そのために、僕と是田は水戸までひとっ飛びしちゃったよ。
で、買ってきたは良いけれど、僕も是田もそして沢井氏(仮)も、鶏をシメて捌くなんてことはしたことがない。で、ここで技を発揮してくれたのは、近藤の旦那だった。
「おひささんが、近藤家の食事を取り仕切っていると思ってました」
と是田が質問とも言えない質問を投げかけると、近藤の旦那は至極あっさりと答えた。
「そのとおりでござる。
ただ、武士の嗜みとして」
「えっ!?
佳苗ちゃんが戦場で米を炊く技は武士の嗜みと言ってましたが、そういうことですか?」
思わず、僕も聞いちゃったよ。
「いえいえ、戦場で鳥なぞ掴まえている間はありませぬ。
そもそも、鉄砲の音がしているところに、鳥なぞおりませぬしな。
ただ、戦さの訓練として、鷹狩りは定期的に行われており申した。その獲りし獲物を食らうに、最低のことはできねばならぬのでござる。
鷹狩りは大規模なものにして貴顕来客も多く、賄い方のみではとても回りませぬ。その際、キジくらいなら捌いておく手伝いも……」
「なるほどなぁ。
旦那、岳父へはそうやって取り入ったんですね」
「ちょっ、おまっ」
是田、僕の口をふさぐなー。
「すみません、すみません、コイツ、言葉の選択が変なんです」
「……ひさから聞いておりますよ」
あれっ、またなんかまずいこと言った、僕?
「武士は料理なんかしないなんて、いつ生まれた俗説なんだろうなあ」
僕、話題をそらそうと試みる。
「常世では、前々からそう言われているのでござるか?」
近藤の旦那、不思議そうに僕に聞く。
……あ、しまった!!
これは完全に僕のミスの失言だっ。時を超えることを匂わしてしまったぁ……。
「そうです。
常世から江戸を見たときに、武士は武の人たちですから、料理みたいな細々したことはしないんじゃないかと、昔から思われてました」
是田、なんかわからないけど、再びのフォロー、ありがとうよー。
でもって、そんなに目で怒らないでくれよー。
いつもの失言じゃないか……。
「戦うからこそ、身体が大事。
そのためには、道端の草さえも喰らわねばなりませぬが、まともに喰えるものがある間は少しでも多く胃に詰め込みまする。そのためにも、いくらかは煮炊きの心得がないと……。
籠城戦であれば、また別の話と相成りましょうが、野戦ともなれば……」
……ぐうの音も出ないよ。あまりに言う通り過ぎて。
で、そのまま甘えて近藤の旦那に軍鶏を捌いてもらい、僕たちは春菊とか葱とか小松菜とか蕪なんかも手に入れてきて、共に煮る準備をしたんだ。
ここで驚いたのは、旦那、軍鶏を食べ尽くすこと。モツも首もガラまでみんな捨てない。そのせいか、鍋の旨味が無茶苦茶濃い。その煮汁で煮る江戸の野菜は、これまた味が濃くてとても美味しい。ただ、生は避けるべきだとは思うよ。寄生虫が怖いからね。
これらのものって、あとで侍料理とかでまとめたら売れないかな。
一番最後に、えのころ飯を載せて……。
……歴史資料ならいいけど、レシピ本として出したら、炎上して社会生命を失うかもだなぁ。
それはともかく、鍋を突きながらの僕たちの話、案外弾んだ。
公務員と江戸のお役人、呆れるほど出る愚痴が同じ。
近藤の旦那も普通なら言わないんだろうなってことまで、酒と鍋の力で口から溢れてしまう。
で、溢れてしまうから、僕たちも同じ悩みを上乗せして溢してしまう。
考えてみたら、公務員って、組織としたら近藤の旦那の直系じゃん。
文書とか、幕府とか藩から明治政府が引き継いでいるしね。
てことは……。
ああ、400年も変わらないのか、僕たちの組織は……。
というより、そうなってしまう環境条件のもとで、近藤の旦那も僕たちも働いているってことなんだろうな。お役所の宿痾だ。
で、中間管理職的に上からも下からも挟まれているって意味では、沢井氏(仮)も同じだったのかもしれない。
上の数も下の数も少ないだろうけど、少ないがゆえに絶対的な関係なんだろうし。
僕たちの愚痴の言い合いにときどき口を挟むんだけど、それが妙に的を射いているんだよ。
お陰で僕たちの連帯は、否が応でも固まった。
本当は佳苗ちゃんたちも加えたいんだけれど、男同士の気楽さってのはあまりに楽なんだ。
そのうちに、きちんと今の状況を話しておかなきゃだけど……。実は、ものすごく悩ましくもあるんだ。
佳苗ちゃん、すなわち10年後の芥子係長を出し抜くためには、今、ここでなにか仕込んでおくしかない。でもってその誘惑、僕には抗し難いものになっている。だけどさ、今の僕たちはあまりにタイトロープの上にいる。下手なことしていると、落っこちちゃいかねないんだ。
優先順位は、まずはロープを渡ること。
ロープの上の曲芸は、渡れる確実性の上でやるもんだ。
でも、なにか一矢報いるものを仕込んでおきたいんだよ……。
命を救ってもらった今、だからこそ。
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