第57話 鬱の気を散じようか
で、是田、僕の方をちろんって見ると、さらに続けた。
「江戸の水道は
各長屋や町内で、負担金を支払っておりましたな。
これから作る水道の流域も、その負担金があってしかるべきかと思うのでございます。
となると、それらの収入でいくらかでも黒字が出るようならば、というより、黒字が出るような計画にできるのであれば、一気に江戸の商人衆が話を進めてくださいましょう。
要は、その予算の辻褄の合う計画立案は作っておいて間違いございませぬ。なのでその作成をお願いできればと、斯様に思うのでございます」
「なるほど、そのようなことで助力ができるのであれば、是非にでも。
お陰を持ちまして、ひさの技により食うには困りませぬしな」
是田、うん、いい考えだ。
異議なし。
じゃ、僕、さらに話を進めてしまうぞ。
「それだけではございませぬ。
近藤様。
我々は常世から来た、所詮は根無し草。いずれ、帰らねばならぬことと相成りましょう。
となると、この水道事業、どなたか信用できる方に引き継いでいただき、きちんと回しながら、さらなる発展をさせていかねばなりませぬ」
「
それは、さすがに荷が重く……」
おひささんの旦那がそう言うのに、僕はおっかぶせてしまう。
説得だ、説得。
「先ほど牧野様の屋敷でも申しましたが、江戸城までの水路に対しては幕府は本気で整備されるでしょう。ですが、江戸城より下流となれば、軍事上の必要はなくなるゆえに、どこまで携わられるか見えぬところがございます。
このようなとき、町人たちの自力に頼ることに相成りましょうが、士分の方の助力が得られるのは極めてありがたき仕儀にて……」
「……なるほど」
士分の人間がいれば、お上も「話も聞かずに追い返す」なんてできなくなるからね。それは、旦那もよくわかっているはずだ。
僕はさらに話を続ける。
「当然、水道を引くともなれば、水番屋も必要になりますし、それらを統括する人物も必要となりましょう。
その人物は、水道事業を維持するために、そろばんが弾けることが必須、かつ、江戸のどこかの商人と結託せず、暴利を貪らないという清廉潔白さも求められましょう」
「それは、買い被りが過ぎましょうぞ」
あ、ちょっとデレてないか、旦那。
「士分、士分上がりの方とは、そう見られるものにございます。
その信用があればこそ、その中からの……」
と、そこまで言って僕は口ごもる。
お金の話は、武士に対してどう言ったら失礼にならないか、ちょっとわからなかったからだ。
「裏を返せば、それで我が一家は食えると仰っしゃりたいわけですな」
「そのとおりでございます」
ずばりと言ってくれたね。
話が早くて助かるよ。
ってか……。
旦那、今回の襲撃でなんか意識が変わったんじゃないかな。
前だったらこんなこと、言わなかったかも……。
でも、まあ、よく考えればわかるような気もする。
是田と芥子係長と
心のどこかに、取り返しのつかない隔意が生じちゃうし……。
転職だってマジに考えちゃうよ。
って、今とどう違うんだよっ!?
うーんと、よくよく考えれてみれば、是田と首を絞めあったこともあるし……。
……あれっ、旦那との違いがないぞっ!?
違いはないのか、違いは……。「是田との間に、口には出せない信頼感があるから……」って、僕、その可能性は考えただけで気持ち悪くて吐きそうです。
もう考えたくない。
やめやめーーっ。
「本日の営業、開店こそ遅れましたがまだまだできます。
私、『はずれ屋』に戻ります」
おひささんがそう言って、佳苗ちゃんも頷く。
「水汲み部隊も待っておりますし、1日待たせたら給金が発生いたします。
なら、少しでも稼がないと」
堅実だねぇ、女性は……。
僕たちも本当は行かなくちゃいけないのに、なんかね、もう今日は心が折れちゃったんだよ。
「死ぬかと思ったけどなんとか助かった」なんて経験したら、僕たちはもうぐったりだよ。こういうときも、女性は強いのかもしれないよね。
「僕と目太は、旦那とストレス発散してきてもいい?」
「すとれす、とは?」
「えっと、鬱の気を散じて来てもいいでしょうか?」
おずおずとそう尋ねると、おひささんは笑って頷いてくれた。
佳苗ちゃんも器用に肩をすぼめて、「しかたない」と言葉には出さないけど了承してくれた。
「ただ、また襲われる可能性がないとは言えませぬ。
安心できるところで存分に」
はい、わかりましたよ、佳苗ちゃん。
で、是田先輩、どこ行く?
って、僕たちに行くところなんかない。
吉原で女郎を買うなんてのもできないし、物見遊山の場所は人が多くて、また騒ぎに巻き込まれるかもしれない。
結局、僕たちはまた沢井氏(仮)の長屋に転がり込んだ。
沢井氏(仮)、「はずれ屋」にいるかと思ったけど、帰っていた。今朝は僕たちと「はずれ屋」まで行ったものの、僕たちがフルーツの仕入れができなかったし、営業もできるかわからなかったので、そのまま自宅に戻っていたんだ。
ただ、部屋の中が切られた竹だらけになっていて、新品の小鋸が転がっている。
「水槽船の実験を始めたところでしてね」
って、言われなくてもわかるよ。
ありがとう。
でも、どうだい、まだ日は高いけれど、鶏鍋でも囲んで一杯やらないかい?
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