第59話 水槽船モデルの完成


 それから3日後。

 沢井氏(仮)から嬉しい連絡が入った。

 水槽船のモデルができたっていうんだ。

 僕たちは甘いの辛いの手に入る限りのお菓子を買い込んで、沢井氏(仮)の長屋に向かった。


 沢井氏(仮)、この数日寝ていなかったんじゃないだろうか。

 無精髭が濃く、目の下に隈ができている。水汲み部隊とはまた別の形の重労働だったんだろうね。

 肉類を豊富に食わせておいてよかったよ。きっと、この3日間、食うや食わずだったはずだから。


「まぁ、見てみてくださいよ」

「はい」

 沢井氏(仮)の言に、僕たちは頷く。

 沢井氏(仮)の前には、水の入った鍋と桶。


 沢井氏(仮)は、僕たちの持ってきたせんべいをぼりぼりと齧りながら鍋に、切った竹を3つ浮かべた。

 1つの竹は水平に浮かび、1つは垂直に立った。そして残りの1つは、45°くらいに傾いて落ち着いた。


「私たちがやりたいのはこういうことです。

 潮が引いたときに水を汲み、潮が満ちたときに流し出す。

 その際に、船体の重量変化に連動する吃水の変化に影響されないように、水口を設定することです。

 そして、水口の高さはこの竹を見てもらえばわかるように、船の傾きを変えることで調整可能です」

「うん、そこまではわかる」

 ここまでは、前回の可能性の話を証明したに過ぎない。


「で、次はこれです」

 沢井氏(仮)が、複雑に組み合わされた竹の束を取り出す。

 それを見て、僕は沢井氏(仮)の苦労に思い至った。

 どう見ても不格好だけど、仕方ないんだ。カッターもなければ短時間でくっつく耐水性接着剤もない。水密を簡単に保証してくれるシリコンもない。

 小鋸と小さな包丁で竹を切って細工をする以外の手がないって、僕が思っていたより遥かに大変な作業だったはずだ。

 そんなことを思っていたら、この竹の塊がとんでもない価値のあるものに見えてきたよ。


 沢井氏(仮)は、切った3つの竹を取り出し、入れ替わりに竹の塊を鍋に浮かべた。

「これが船が平らな状態、すなわち水を汲むときの状況ですね。

 喫水が浅い状態でも船べりは低く、水を汲みやすいでしょう。

 では、ここに水を注ぎます」

 僕と是田、固唾を飲んで沢井氏(仮)の手元を注視する。


 沢井氏(仮)、柄杓で鍋の水をすくい、竹の束の穴が空いたところに注ぎ込んでいく。

 水が入るに従い、竹の束は鍋の水の中に沈み込んでいく。

「あれっ、傾かないの?」

 と是田が聞く。

 そうだよね。

 傾けることが前提のはずだったよね。


「今傾くと、水槽船の底が水底にぶつかっちゃうかもしれないですからね。

 まぁ、見ていてください」

「はいっ」

 なるほど、複雑な形には意味があるんだな。


「これが干潮の状態での船の動きです。

 つぎに……」

 沢井氏(仮)は、そう言いながら鍋から竹の束を取り出し、水汲み桶に浮かべ直す。

 別に状況が変わるわけじゃない。ただ、桶の方が鍋より水深があるだけだ。


「これが満潮時の状況です。

 見ていてくださいよ」

 言われんでも、見ているよ。

 そう思いながら、僕、桶の中の竹の束を見つめる。


 沢井氏(仮)、丸い小石を竹の束の一端に挟み込むように置いた。

 とたんに竹の束、しずしずと傾き始めた。

 ああそうか、なるほど。


 単なる竹筒だと、構造も単純だけどその動きも極端なものになってしまって、制御が難しい。つまり、バンバン制御ってやつにしかならないんだ。直線上で車を最短時間で移動させるには、アクセルをバンと踏んで、次はブレーキをバンと踏む。当然、こんな制御しかできない車では、曲がることもできない。

 この竹の束は、細かい制御ができるアイデアと努力の結晶なんだ。

 沢井氏(仮)、予想以上に頑張ってくれていたんだね。


「実地では、船頭が対岸まで船を移動させたあと、この石のポイントで弁当でも食ってくれればいいのです。その体重だけで船は傾きますから。

 これを可能にする重心点の設定には、とても苦労したんですよ。

 で、時間で注水することで、ここまで自動化するのも不可能ではないのですが、上水の流出のタイミングは、人が決めたほうがいいと思うのですよ。

 それに、ここの置く石の重さを水で代替するとなると、対岸側に回ったあとになります。そうなると上水の利用はできず、汲み置き水を使うしかありませんし、そうなると上水が混じる危険が生じますから」

 おお、なるほどっ。

 すっげーよく考えられているな。


「このあと潮は干潮に向かいますが、水槽船の水が流出するにつれて船の吃水は浅くなり、水口の高さはその2つが相殺しあって変わりません。

 ただ、その期間は短いのです。

 汲んだ水の大部分は、今の水口より下にあるわけですから、このまま流出させ続けるのは無理があります。

 で、ここです。

 もう1つ下の水口がここで有効になります」

 おおう、竹の束の傾きが収まると別のところが高くなったぞ。


「次はここの水口から上水を流し出します。

 で、流しだした槽の口は閉じ、先ほどの石をこちらに移動すると……」

 おおう、今度は全体が浮き上がったな。


「これで、最後の一滴まで水は流れ出ます。

 2回操作が必要になりますが、その2回で水を流しだした槽がバランスの取れたフロートになるんです」

 すごい、すごいよ、コレ。

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