第48話 独身朝食


「じゃあ、沢井さん、模型の製作をお願いします。

 概念がわかるようなものが作れれば、江戸の職人が普通にいいものを作ってくれると思うんですよね」

 と、僕、丸投げしてしまう。


「今日の売上から1両をお渡しします。

 また、しばらく『はずれ屋』への出勤についてはお任せします」

 あ、是田も僕と同じ体勢だ。

 ただ、資金を出す決断をしているあたり、一歩踏み込んでいる。これが吉と出るか凶と出るかはわからないけどね。


「ありがとうございます。

 ですが、ご迷惑でなければ出勤させていただきますよ。

 明日は柿の販売でしたよね。

 そこで稼いだ売上が水槽船になると思えば、休んでなんかいられません。

 ただ、完売した後は帰らせていただきますが……」

 おおう、やる気だなぁ。


 沢井氏(仮)の態度について、穿った見方をすることはいくらでもできる。

 僕たちから時間跳躍機公用車を奪おうなんて考えているんじゃと、疑うこともできる。

 でも、とりあえずはいいんじゃないかな、沢井氏(仮)を信じても。


 理由?

 ない。

 それでも、なんて言うのかな、沢井氏(仮)が嘘はついていないと思ったんだよ。

 同じ鍋の飯を食って、同じ課題に取り組んだからかもしれない。理由になっていないと非難もされるかもしれないけれど、じゃあ、逆にどうしたらいいっていうんだ?

 人の心は見えない。だから、どこかで信じるなら信じると、決断するしかないんだ。


 責任?

 こんな事態に僕たちを放り込んだ、悪狸じちょーと芥子係長が取ればいいんだよ。

 僕たちがこの先偉くなる道が閉ざされようが、知ったことか。もうすでにここまで酷い目に合わされていると、自分の未来に夢なんか持てないし。

 それにどれほど頑張ったって、元々上の地位はキャリアの独占物だ。

 こうなったら、共倒れに巻き込んでやるっ。



 僕と是田、そのまま自分自身の腕枕でうとうとと眠り込んだ。

 部屋は暖かったし、満腹だったし、町木戸はもう閉じているだろうし、動く気が起きなかったんだ。

 沢井氏(仮)も、僕たちが帰るって言い出した方が孤独を感じただろう。なにも言わず2枚の掛け布団を僕たちに分け、自分は掛け布団の下に強引に潜り込んだ。重くて寝心地はきっとよくない。でも、沢井氏(仮)の好意は受けよう。

 おやすみなさい、だ。



 翌朝、僕たちは起き出すと沢井氏(仮)の案内で、2つ離れた長屋に歩いた。

 そこでは盛大に炊き出しがされていて、僕たちくらいの年齢層の男ばかりが集まっていた。沢井氏(仮)は、ぎりぎりで年齢枠に収まっているっていう感じだ。

 みんな、湯気の立つご飯にたくあんを数切れ乗せ、それと味噌汁を立ったまま掻き込んでいる。


 こういう商売もあるんだねぇ。

 昼夜はいくらでもお店や屋台があるけど、朝は食べられるところが少ないからね。で、独身男がやたらと多い江戸だもん。毎朝自分でご飯を炊いてから出勤なんて、7文のお金でやらずに済むならそれにこしたことはないよね。

 職人も棒手振りも、飯を食う分くらいの金回りはいいんだし、身体が資本って考えもある。これから1日肉体労働するのに、朝食を抜くって考えにもならないよね。


 おそらくはコレ、この長屋の既婚の妻たちの小遣い稼ぎなんだろうな。江戸では既婚女性は引眉お歯黒で一目瞭然だし、そういう姿の女性しかいないから、すぐに予想がついたよ。

 で、小遣い稼ぎだとしても、立派に儲けているんだろうな、この規模だと。


 僕と是田は、沢井氏(仮)の分まで金を払って、朝食にありついた。トータル21文って安いよね。

 どんぶり飯にたくあん2切れ、そしてこれ、味噌を湯で溶いただけの味噌汁だ。出汁っけもネギの切れっぱすら浮いていない。それをここに来た男衆は、当たり前の顔で食べている。

 文字通りの味噌汁だなあ。



 一口口に運んで、ご飯はちょっと臭うのに気がついた。口当たりもぼそぼそする。よくよく見れば、米粒が結構割れている。たぶん、古米ではなく古々米なんだろう。

 味噌汁もやたら薄くてお椀の底が見えるようなのに、一口飲んでみると塩はやたらと濃い。

 ここは、僕たちの「はずれ屋」とはコンセプトが違う。美味いの不味いのの世界じゃない。

 でも、これでも成立するっての、勉強になったよ。


 そしてもう1つ、江戸の家庭の食事は、これからそう遠くないものであることもわかった気がする。蒸した蕎麦を食べたときにも思ったんだけどね、僕たちの時間では、不味いものが撃滅されている。でも、あまりに今の江戸は玉石混交だ。

 それでも、玄米ではなく白いご飯なんだから、地方から来た若い男衆は感動して食べるんだろうな。

 トータルで見て、僕たちの「はずれ屋」が、いかに美味いものを出しているかに思い至るよ。高くても売れるわけだなあ。



 食べ終わると、僕と是田は沢井氏(仮)と共に「はずれ屋」に行く。

 僕たちはそのあと背負い篭を回収して、柿を仕入れに行くんだ。

 情報端末で目星はもうつけている。広島県安芸太田町に、いい柿が栽培されているんだ。

 干し柿なら、仕入れ値も高いけど、売るときの値も高いだろう。しかも軽くてたくさん運べる。

 さあ、がんばるぞう。




※・・・朝食商売については、完全に創作です。でも、あってもおかしくないですよねww

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