第47話 オペレーターは忙しい


 沢井氏(仮)、なんか複雑な表情で説明を始めた。

「申し上げにくいんですけれど……。

 生宝さんは、自家用クルーザーも持ってましたからね。

 その関係で船のこともいくらかは聞かされていたんですよ。

 たしか……。

 ロールは船の前後軸の揺れです。

 ピッチは船の左右軸の揺れです。

 ヨーは船の上下軸の揺れです。

 水槽船に、その揺れを制御する機能を持たせればいいんです。

 つまり平たく言えば、船を傾ければ水槽の縁は下げられますし、水槽の放水口は上げることだってできるでしょう、

 水槽船だって船なんですから、そのあたりの制御もコミで考えれば、結構行けるんじゃないですか?」

 ああっ!

 なるほどなあっ!


 僕(おそらく是田も)、自家用じゃなくてもクルーザーなんて乗ったことがない。でも、言われてみれば船は揺れ、傾くものだ。それは乗らなくったってわかる。ってか、一度くらい乗りたいなぁ。



 まぁ、堀を渡るだけの水槽船に、波を越える力は不要だろう。先々、隅田川を越える場合は別として、だけど。

 でも、傾きに耐える力は必要ってことなんだな。

 で、傾きに耐えてひっくり返らないためには、水槽船の構造も重要になるってことだろう。


「……傾きに強い船って、言われてもどんな形がいいのかぴんとこない」

 と、是田が呟く。

 うん、是田も僕と同じ考えになったらしい。


「逆に考えればすぐにわかりますよ」

 とそれに応じる沢井氏(仮)。

 つまり、「逆」ってことは、ひっくり返りやすい船ってか。

 それならすぐにわかるぞ、

 形はともかく、トップヘビーにすればいいんだ。重心が高くなれば、どんなものもコケる。これは船に限ったことじゃない。


 僕だって小学生のときに、ほうきを手のひらの上に逆さに立たせてバランスを取り続ける遊びをして、掃除をサボったものだ。しまいには額に立てて、倒れるのを防ごうとして掃除のために寄せてある机とか椅子に突っ込んだ。で、先生に怒られた。

 うん、あのときは痛かったなぁ。あ、先生の体罰じゃないぞ。机と椅子に反撃されたんだ。


「そうか、ひっくり返らないためには、重心を下げればいいんだ。

 でもって、積荷は水だから重心のポイントは変えられる。

 それを上手く考えれば、水を汲むだけでなにをしなくても船の傾きを制御できるんじゃ……」

 えっ、是田め、なんてこと考えるんだ。

 重心を下げることは思いついたけど、それを可変にすることまでは思いつかなかったぞ。

 なんか悔しい。


「是田さんの案はよしとしても、ますます精密な制御が必要になりますよね。

 一度模型を作るなりして試験しないと、そもそも現実的に江戸の技術で作れるものなのも含めてわからないんじゃ……」

 と、僕は呟く。

 そもそも水槽船は僕の案だから、いいところを見せ続けたいからね。


 で、それに応じたのが沢井氏(仮)。

「それは、私がやりましょう」

「えっ、できるの!?」

 そう聞いてしまった僕を、誰が責められるだろう?

 まぁ、物言いが良くなかったのは認めるけど……。


「随分と失礼な言い方では……」

「申し訳ありません。

 雄世は失言大王なだけで、悪気はないんです」

「……ときどき、悪意の塊かと思う時ありますけどね」

「私の方から、言っておきますから。

 もう、何度言ったかわからないけれど、さらに言いますから」

 ……なんだよ。

 2人して僕のことを……。

 是田、アンタだって、人のことを言う前に自分だって……。



「雄世の失言は失言として、沢井さん、あなたがそういう模型を作る技術を持っていることを、私たちは知らなかったんです。

 そういう特技をお持ちなんですか?」

 是田がとりなすように聞く。

 って、言っていることの中身は、僕の言葉と同じじゃねーか!?


「私の本業は、時間跳躍機のオペレーターですよ。

 あなたたち公務員が組織で動くのとは違います。行った先で時間跳躍機が故障したら、あなたたちはまず助けを呼ぶでしょ?

 メンテだって、契約先に丸投げでしょ?

 でも、自家用時間跳躍機のオペレーターとしては、まず自力で修理できないかを考えるんです。

 また、そのような故障が起きないように、自家用時間跳躍機のメンテをするのも仕事のうちです。

 私は、単なる運転手じゃないんですよ」

「そうなんだ……」


 言われてみればわかる気がする。

 時間整備局には、時間跳躍機じゃない方の公用車重力ホバーもある。その中でも、局長車と言われているのがあって、黒塗りのセダン型だ。官邸に呼ばれたときなんか、局長はその車で出かけるんだ。

 で、そのための運転手は、暇そうに見えて案外忙しいと聞いたことがある。


 黒塗りの分解メンテまではしなくても、清掃や洗車もあるし、空間制御コアの交換とか日常管理以上のものもある。

 それから大特免許を持っているので、局に一台あるマイクロバス型の運転もしている。これは結構な確率で泊まりの出張になるから、2日はそれだけにつききりになってしまうらしい。


 生宝氏が、どれほどの頻度で出歩いていたかはわからない。

 でも、世界中を巡っていたらしいから、沢井氏(仮)は相当に忙しかったのかもしれない。

 で、沢井氏(仮)が忙しく出歩くってことは、時間跳躍機が損耗するってことだし、メンテもしなきゃってことだな。

 つまり、沢井氏(仮)、工学部とか出て採用されているのかもしれないなぁ。

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