第26話 ついにパワハラ(物理)


「あと、もう一つあるんだけどな……」

「なんでしょう、是田さん?」

香菜シャンツァイ、つまりパクチーのドカ食いが昔、流行っただろ?」

 ああ、なんか定期的にブームが来るらしいけど、あんなカメムシ臭い草を喰いたがる気持ちが、僕にはわからない。


「バカなことが流行りましたよね。

 現地の人だって、あんな臭いものをドカ食いなんかしないそうじゃないですか。

 今やっている人は、さすがにもういないんじゃないですか?」

「バカと言ったか?

 悪かったな。

 俺は、四川料理から結構ハマって、相当に喰ったんだよっ!」

 あっ……。


「すみませんっ!」

 あ、またやらかしたか。

 僕、もう、しばらく黙っていようかな。

 的外しの是田相手に話しているのに、僕の言葉はいつだって的のど真ん中に命中しているぞ。こういうの、打率10割って言うんだろうなぁ。



「雄世、お前、俺に、対して、だけ、かなーり、強気、だよな」

「そんなことないですっ。

 そんな、睨まないでくださいっ。

 で、一言一言、区切らないで喋ってくださいよっ。

 絶対、絶対、そんなことないですっ。

 僕、先輩を一応は立てているつもりです」

「『一応』、『つもり』って、お前、言えば言うほど、墓穴なんだよっ!」

「すみませんっ。

 でも、それより香菜シャンツァイに絡んで言いたいことがあったんでしょう?

 聞いてあげますから、いや、聞かせていただきますから……」

 くっ、緊張すると、ますます内心が露呈して間違えるな。


「けっ!

 自分の未来が賭かってなきゃ、お前になんか話す気ないんだけどな。

 香菜シャンツァイってのは文字どおり葉っぱだけど、ハマったときに調べたことがあるんだ。

 自分がなに喰っているかは知りたかったからな。

 したら、東南アジアとかまで幅広い地域で食べられていて、その実はコリアンダーって香辛料だったってのまで覚えている。こりゃなんだー、ってな」

「ずいぶんとまた、下手な語呂合わせですね」

「やかましいっ!!

 少しは黙ってろっ!」

「……」

 僕、すかさず黙る。でも、言わずにいられなかったんだ。

 そして、目だけで先を促した。


「つまり、このコリアンダー、カレーに入るんじゃないかな。

 だってさ、カレーうどんに香菜が乗っていたことはないけれど、カレーにはいろいろな香辛料が入るし、これだけ幅広い地域で使われているものだと確率論的に入っている可能性は高いと思うんだ」

 ああ、なるほど。

 確かにありそうな話だ。

 これも、原産地から追っていく方法の応用だなぁ。


 これで10種類。

 まだまだ足らない香辛料はあるんだろうけど、これだけあればとりあえずは大丈夫な気がしてきたよ。インドの本格カリーを作るわけじゃないんだから。


「でもどうせなら、是田さん、なんでインド料理にハマらなかったんですか?

 そうなら今だってずっと楽だったのに、四川料理ってまたまた角度が違うばかりに、たった1つしかスパイスを思いつかないじゃないですか……」

「うるせぇっ!」

「是田さん、ですよね。こういうふうにズレていて、使えないのは」

 つい、僕の口からまた、言わなければよかったことが滑り出てしまった。

 だって、毎回毎回、よくもこう役に立たないもんだって、実感しちゃったからねぇ。


 是田、僕の言葉に逆上して、唇をわなわなさせながら掴みかかってきて、ついに怒りに任せて僕の口をひねり上げた。

「こっ、この口かっ、この口がそういうことを言うんだなっ!

 こ、こ、後輩のくせにっ!」

「いたたたたた、痛いですっ!

 いくらなんでも、いきなりのパワハラ、酷いですっ」

「もっと痛くして、二度とこんなことが言えないようにしてやる!」

「やめてくださいっ。

 口が、口が伸びるっ!

 パワハラ(物理)だっ!」


 そこで、ぱんって音立てて、風呂に入ったあとの濡れたままの手ぬぐいが、是田の手首に巻き付いた。

 そのままぐいっと引かれて、僕の口をひねり上げている指が外れる。

 次の瞬間、別の手ぬぐいが、僕と是田の頬を立て続けに叩く。

 痛いよ、マジで痛い。

 これ、手ぬぐい二刀流だ。


「いい加減にせられよ。

 なぜにそんなにいつもいつも、喧嘩ばっかりしておらるるのか!

 今はそんな場合ではなかろうがっ!」

 頬を押さえて見やれば、両手から濡れた手ぬぐいをぶら下げた佳苗ちゃんが、涙をぽろぽろ流しながら僕たちに抗議していた。


 でもって、なんで武家の男言葉になるんだよ。

 で、手裏剣がなくても、佳苗ちゃんってばやたらと強い?

 でもって、ひょっとして、怒りのしきい値を超えた?


「あ、いや、問題が1つなんとかなったからさ、つい安心して言い合っちゃったんだよ」

「そうそう、仲が悪くて憎み合って殺し合うとかじゃなくて、単なるじゃれ合いだから。

 本当に、心配しなくても大丈夫だからっ」

 そう交互に佳苗ちゃんに僕たちは言い訳をする。

 我知らずにやたらと早口になっちゃったけど、それはもう痛い目に遭わされたくないからだ。


 だってさ、是田の手首と頬、真っ赤。

 当然僕の頬もだろう。

 濡れた手ぬぐい、よほどの勢いだったらしい。

 それとも、こういう技なのかな。

 箸や手ぬぐいが武器に変わるってことは、本物の武器を持たせたらさらにおっかないってことだよな。シャレにならん。


「じゃれ合いって……。

 あの……。

 その……」

「なんだい?

 なにをそんなに口ごもっているん?」

 一転してもじもじしだした佳苗ちゃんに、是田が聞く。


「目太様は、その……、比古様の念者でございますか?」

 は?

 なに?

 なんだって?

 是田の顔が、真っ青になった次の瞬間、真っ赤になった。あ、さっきより狼狽しているかな?


「ふ、ふざけんなっ!

 じょ、冗談じゃねーぞ!

 偏見はねーつもりだけど、雄世とじゃ、ちっとも笑えねぇっ!」

「僕となんですって?

 念者って、なんですか?」

 そのままオウム返しに聞いた僕に、是田は振り向きざまに怒鳴り返した。

「黙れっ、バカっ!」

 な、なんなんだよっ!?

 一体全体、僕がなにをした!?




*念者、ま、タチですねw

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