第25話 調子に乗る失言大王


 必死で僕、インド料理の映像を記憶の底から掻き出す。

 まず、キーマカレーには3ミリくらいの茶色い細い楕円形の草の種とか入っていたし、サモサにも入っていた。あと、これと同じもの、食後にも大粒の砂糖と一緒に齧れって出てきた。食後の口の中をすっきりさせてくれるんだそーな。

 名前なんかわからない。

 でも、麦っぽい形は明確に思い出せるぞ。繰り返し見たからね。

 それに、最後に砂糖と一緒に出てきたのを齧ったから、純粋な香りもうっすらとだけど覚えている。クセのある清涼な青臭さ、みたいな感じだったかなー。だから、これを特定するのは難しくないんじゃないだろうか。


 それから、木の皮が入っていたな。

 これは……、わかるぞ。わかる。

 ちょっとおしゃれな喫茶店に行って紅茶を頼んだら、同じ木の皮を丸めたものが、紅茶をかき回す道具として出てきた。甘い香りがしたよな、確か。

 うーんと、あれは、そうだ、あれはシナモン・ティーってやつを頼んだときだったから、あれがシナモンなんだ。うん、アップルパイにも同じ香りの茶色い粉がかかっていたはずだ。さては、あの木の皮を粉にしたもんだったんだろう。

 で、これって、京都の八つ橋の匂いだよね。つまり、シナモンはニッケイ、ニッキなんだっ。

 僕、すげーな、これでもうプラス3だよ。



 で、まだまだいけるぞっ。

 豆のカレーには、細切りの生姜が乗っていたよな。つまり、スパイスというより香味野菜だろうけど、生姜は入るってことだ。

 となると、中華料理で生姜とセットになるのはにんにくとネギだけど、和食ににんにくはあんまり使わないよね。カレーうどんは、カレーであってもインド料理じゃないから、その辺りは考えないと。

 でも、カレーうどんには、ネギ、入っていたぞ。そして、ネギ繋がりだけど、カレーを作る時に必要なのは、飴色に炒めた玉ねぎだったよな。

 江戸で玉ねぎは手に入らないかもだけど、基本の材料としても、具としても、カレーの一要素として長ネギも考えられるってことだ。

 

 あと、ビリヤニに混じっていた、7〜8ミリの薄緑色のやっぱり楕円の粒。

 そういえば、これも食後に齧れって出てきたよな。うん、草の種とこの楕円の粒と、大粒の砂糖。その3つが食後に出てきたんだ。

 名前はわからないけど、これも極大粒の麦みたいな形だったな。齧ったら妙に口の中に繊維が残った。これも、名前なんかわからないけれど、見ればわかると思うし、香りもなんとなく覚えていたから、齧れば確実にわかる。


 我ながら、すげーな。これでプラス6。

 こうやっていけば、結構カレーの復元ってできるかもしれない。


「是田さん、僕、なんだかよくわかりませんけど、カレーに入れるかなりのスパイスが特定できるかもしれません」

 僕、天井を見上げたまま動かない是田に、そう話しかけていた。


「よくよく考えたら、ターメリックに胡椒、唐辛子、生姜、ネギにシナモンに月桂樹。小さい麦粒みたいの、大きい麦粒みたいので9種類です。

 なんか、これでカレーができそうな気がしてきたんですよね」

 僕、ちょっと舞い上がった気持ちになって言う。


 僕の言葉に、是田の目が天井から僕に、くわって感じで向けられた。

「雄世、9種類って、本当に、マジか?」

「はい、インド料理を食べたときに入っていたもの、思い出せます。名前なんかわかりませんけど、形と香りはわかりますよ」

「それはすごい。やったな」

 是田、珍しく僕を手放しで持ち上げた。

 そしてさらに言葉を続けた。


「俺も思いついたんだけど……」

「なんですか?

 思いついたってことは、知っていたことじゃないですよね?」

「自分で言うのもなんか恥ずかしいけれどな、智慧だな」

「ソレ、自分の口で言うと、たしかに恥ずかしいですね。

 RPGの世界であっても、自分のことを智者だとか、賢者であるって名乗りを上げるのは、実は本人的には相当に恥ずかしいんじゃ……」

「やかましいわ、この失言大王!」

 ぴた。

 僕は口を閉ざす。

 確かに今のは、ちょっと言い過ぎたかも。でも、これは一般論だかんな、一般論。



「いいから、俺に話させろ。

 カレーに入るスパイス、それらは基本的にインドとか、東南アジアで作られているはずなんだよ。でなきゃ、日常的に安価に食えないじゃん。

 大航海時代の胡椒みたいな扱いの香辛料を集めてカレーなんか作ってたら、家族の家計どころか国家財政でさえ傾くぞ。

 つまり逆に言えば、今の日本に輸入されている香辛料で、産地がインドとか東南アジアのスパイスなら、カレーの材料の可能性は高いと思うんだけどな」

 胡椒の一粒は黄金の一粒、だっけ。

 うっわ、そんなカレーも喰ってはみたいけど、現実にはありえないよな。

 となると、是田の言うこと、珍しいことに百理ある。


「……それは気が付きませんでした。さすがです」

「そう褒めるな」

「褒めてません。

 係長を怒らせた責任を取って、そのくらいは思いついてもらわないと」

「やかましいわ。

 自分には責任がないって顔するんじゃねーよ」

 くっ。

 あそこで「尻軽」なんて言い間違いさえしなければ、僕だけは係長と帰れたかもしれないのに……。せめて今だって、是田にひたすらマウントがとれたのに。

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