第24話 スパイスは、記憶の底に
とはいえ、このままじゃ僕たちは無双どころか、普通に生きていくことすら程遠い。
情報端末も使えないまま、レシピも知らない料理を材料調達先もあやふやなまま作って売ろうってんだから。
大抵の異世界
知は力なりとは言うらしいけど、あまりに僕たちは非力だ。
このままじゃ、スタートラインにもたどり着けないじゃないか。
きっと話の内容は全く理解できないにせよ、深刻さだけはわかるんだろう。
佳苗ちゃん、引き続いての僕と是田の暗い話、なんかどんよりと聞いている。
僕、是田に聞く。
「僕たちは、江戸のこと、なにも知らないじゃないですか。
時の流れを知っているというのと、そこで暮らす日常を知っているってのは大きな違いがあるでしょ。
佳苗ちゃんに聞けばいいにしたって、彼女だって全知全能じゃない。
どうやってカレーうどんの材料を揃え、商売を成功させるのか……」
僕の愚痴みたいな問いに是田、吹っ切ったような表情になった。
「とりあえず、カレーは後回しにしたって、蕎麦の屋台を貸すところに行って、話を聞こうじゃないか。
そこで、屋台の借賃、材料の仕入れ、いろいろとな。それとカレー抜きのうどんの作り方だって、知らないじゃ済まないだろ。
カレーうどんが作れなくても、俺たちは生きていかなくちゃならないんだ……」
まぁ、屋台のレンタル屋にとって、僕たちは客だしな。
いろいろ聞いたって、そう邪険にはされないよね。
結局、その後は、三人揃って薄暗い天井を見上げて無言になった。
膳も下げられて、その際僕は、宿の女中さんから壁に空いた2つの穴を背中で隠した。我ながら、非道いことしているよ。
最後に女中さんは、薄い布団を床に敷いて出ていった。
僕はその上に座り込み、急須から出枯らしのお茶を注いで、そのお湯の温度で暖を取りながら考え続ける。
行灯の質の悪い油の燃えるニオイが鼻につく。でも、おかげで眠くならない。
で、考えることはたくさんあるんだけど、なにをどう考えても堂々巡りにしかならないな。
前途はあまりに多難。
いや、絶望的。
きっと……、いや、絶対全部、是田のせいだ。
ただ……。
悲観すればキリはないけれど、楽観視すればなんとかなるのかもしれない。
心情を変えると、それだけで考え事の結論が変わることってあるからね。
というのは、僕、思い込んでいるとダメだって、さっき思い知ったことがあるんだ。
繰り返しになるけど、僕はカレーの材料の香辛料と、それらを混ぜる比と、つまりレシピはまったく知らない。
でも、本当に本当に、僕はカレーの香辛料を知らないんだろうか?
カレーの香辛料、ターメリックと胡椒しか知らなくて、そのターメリックも日本語名がわからなくて、どうやっても手には入れられないなんてさっきまでは思っていた。けれど、ばあちゃんのことを思い出したら、それがウコンだということを続けて思い出した。
その言葉を思い出すことで、佳苗ちゃん経由で薬種問屋で買えるって話がつながったじゃないか。
つまり一般論だけど、思い込んでいると、記憶にあることでもきちんと脳から拾い出せていないってことはあるかもしれない。この非常時に、思い出せるものも思い出せてないんじゃ話にならない。
そう思って、もう一度考えたら、あっけなくもう一つの香辛料を思い出していた。まったくどーしよーもない話だけど、肝心な唐辛子を忘れていたんだ。ある意味、カレーの最重要スパイスなのに、さっきは思いつかなかった。
悲観してちゃダメだ。
思い出すんだ。
とにもかくにも、なんでもかんでも僕の脳みその中にある記憶、洗いざらい
レシピというデータを持っているかという角度だったら、答えはゼロだ。でも、実体験という角度だったらどうだろう?
そうしたら、案外イケるかもしれない。
だって僕は、今まで食ったカレー、カレーうどんの杯数を覚えているのか?
いいや覚えていない。それほど食べてはいるんだからね。
それに……。
カレーといえば、インド料理だ。
もう何年前になるかだけど、新採研修が終わったあと、同期の連中と打ち上げにインド料理を食べに行ったんだったよな。
それまでインド料理は食べたことがなかったから、お店の内装とかからしてけっこう刺激的に感じた。彼女でもできたら一緒に行こうって思っていたから、その後行ってなくて、記憶があやふやなのがどっちの意味でも恨めしい。
それでも、あの食事会はいい経験だった。
そうそう、いいぞ、思い出してきた。
あのときは、サモサとタンドーリチキンで、生ビールを飲んだんだった。それから、キーマカレーと豆のカレーと、ビリヤニとナンを食べた。あと、なんだったっけ? デザートもあったような気がする。
まぁいいや。
そこに香辛料、なんかいろいろと入っていたよな。月桂樹の葉っぱと唐辛子以外にも。
って、月桂樹の葉!
これって、早くもプラス1じゃないか。
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