第27話 移動なら、歩け歩け
でもさ、佳苗ちゃん、たった一言でここまで是田を狼狽させるってすごいな。
武道だって、よほどに修行を積んでいたに違いないし、実は無敵なのかな。非力な公務員としては、こういう絶対的な力を見せつけられると、やっぱりびびらざるを得ないよね。
「ひょっとして、佳苗ちゃんの父上は武芸の達人だったりいたされてましたか?」
思わず、必要以上に丁寧な口調になってしまって、我ながら口調が変。
たとえ僕が武道の達人であったとしても、公務員の側から暴力をなんてありえない話だからね。警察官や自衛官だって実力行使はなかなかできないのに、一般行政系やその延長の時空系じゃありえないよ。でも、逆に殴られる可能性はあるし、前にも言ったけどそれを手に使うことすらあるけど、痛いのは自分持ちだからねぇ。
刺激しないよう、穏便に穏便にって対応にはなるよ。
僕の問いに、佳苗ちゃん、しれっと答えた。
「えっ、それほどでも……。
父は、知り合いの道場で、たまに教えていた程度でございます。
それでも、病を得る前までは、それなりに名も知られていたらしいですが……」
うん、口調がいつもの馬鹿丁寧なものに戻った。
ひとまず、佳苗ちゃんの怒りは治まって、危機は去ったということかな。
なんか、放心状態になってしまっている是田を横目で見ながら、僕はちょっと安心していた。
ま、この時代で武道の達人ってのは、文字どおり殺人術の達人だからね。スポーツなんて意識はないし、だからスポーツマンシップなんて意識はそれこそ皆無だし。
これからは僕、佳苗ちゃんの前では大人しくしていた方が良さそうだ。箸を手裏剣にした腕前を見た段階で、きちんと考えておくべきだったよ。失言大王と呼ばれる僕だって、反省だけならできるんだ。
翌朝。
僕たちはそのまま江戸に出ることにした。
とはいっても、新宿も朱引内だから、江戸なんだけど。
まぁ、10kmも歩けば浅草あたりまで行けるだろうし、そのくらいの距離なら、僕たちの頼りない足でも午前中に移動は終わりにできて、午後からは蕎麦屋台の元締めを探すこともできるだろう。
昨日の段階でもう僕の足にはマメができているから、今日はその皮が剥けて相当に痛いに違いない。
でも負けるわけにはいかないよね。
生宝氏の手段はわからないにせよ、綱吉暗殺という陰謀を知ってしまった以上、無視もできない。できるだけのことはしなければ。
って、なんの使命感なのかな、コレ。
職場で評価されず、上司にも見捨てられ、自分の時間の世界にも帰れない。すべて放り出しちゃってもいいのに、それもできないんだ。おそらく是田もそうだろう。
僕たち、よほど調教されているのかな、って思うよ……。
宿の女中さんたちに見送られながら歩きだして、しばらく行ったところで馬で駆ける侍とすれ違った。
ああ、今のが、松本まで駆ける藩士なんだなー。
そう思いながら、その背中を見守る。
たぶん、これから20分以内にあの藩士はワープして松本に運ばれる。さぞや本人にとっては謎の瞬間移動となることだろう。きっと、天狗に運ばれたとか、
そして、それが神の意志とか天の意志と解されて、これ以降の一揆の首謀者が処刑されないための布石になるんだ。
これで、表向きの生宝氏の計画は終わる。そして悪巧みの計画の実行に入る。
芥子係長も、時空震が観測されたら、隠れてのお楽しみタイムに入る。
法律の穴とはいえ、狡いぞ。
僕なんか、自分の時間世界では仕事に生気を吸い取られて、彼女の1人も作れない。是田だって、きっと似たようなものだ。
本当ならば、僕たちだって江戸時代で無双して、年頃の可愛い娘をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、できていたかもしれないのに。
どうせこのままこの時代で骨を埋めるのなら、いっそ法律なんて無視して……。
って、僕たちじゃ、この時代でもモテはしない。未来からなにか持ち込んでのチートでもなければ、話しかけてもまともに相手をしてもらえない。
言いたくはないけど貧弱だし。
……かといって、今話せている相手として佳苗ちゃんはいるけど、怖くて口説くなんて無理。
一見小中学生に見えるくらい幼く見えるから二重の背徳感があるし、それを克服したとしても中身は手練の武芸者だろ。その技を誰に対して振るうわけではないのは、あの女衒に対しては逃げるだけだったのでわかる。でも、僕たちに対しては容赦ない。
つまり、「心理」も「物理」もハードルが高すぎる。
世の中、なんて不条理なんだ……。
てくてく歩きながら、お昼ごはんの目的地を相談した。
昨夜のカレーうどんって話から、江戸の有名所の蕎麦屋を食べてみようってことになって、佳苗ちゃんが知っている唯一のお店、金龍山浅草寺境内の野天で営業をしている「正直蕎麦」へ行ってみようってことになった。ま、知っているだけで、食べたことはないって言うんだけどね。
で、発見なんだけど、両足とも痛いと、片足引きずって楽することもできないんだね。
僕の足のマメは、もうすでにズルムケで激しい痛みを訴えてきている。
空は秋晴れでとても気持ちのいい日だというのに、一歩ごとに歯を食いしばる思いをしながら歩いているんだ。ふと横を見たら、是田もおんなじ表情になっていた。元気なのは、佳苗ちゃんだけだ。
前にも江戸の街を歩いたことはあるけど、マメができる以前に時間跳躍機に戻れていたから、こんな苦労は初めてなんだ。
佳苗ちゃんがいなかったら、数km歩いただけでギブアップ、もう1泊なんてことになっていたかもしれない。
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