第34話 まさか、拷問吏させられるの?
うーん、生宝氏は、時の流れ先が変わってしまった未来に対してどう考えているのだろう?
世界征服という言葉には、自分が王様なり皇帝なりになるという意味合いがある。でもさ、本当に勝手な判断ではあるんだろうけど、自分の理想の世の中を実現するってのも世界征服のうちなんだよね。
その理想ってものの予想がつけば……。
「あの髭、女性関係はどうだったんですか?」
僕、角度を変えてみた。
生宝氏のことがわからないまま、つまり生宝氏の理想が不明なまま、時間の流れがどう変わるか考えていても仕方ない気がしたんだ。どっちにせよ、その方向性は生宝氏が決めるものなんだろうからさ。
で、その人となりを知るには、経済感覚とプライベートの人間関係かな、と。で、生宝氏の経済感覚は大金持ちのそれだからなぁ。残念ながら僕、大金持ちになったことはないので、大金持ちの具体的な気持ちは聞いてもわからないよ。
一度くらいはいい思いもしたいけれど。
芥子係長、僕の顔をちろんって見て、答えてくれた。
「今判明している範囲では、ストイックだそうだ」
「髭なのに?」
「髭は関係ないだろ」
是田がツッコんでくる。
でもさ、係長からこの答えが返ってくるってことは、僕と同じことを考えている人が局にはいるってことだろう。だから、すでに調べ済みってことなんだ。
「でもですよ、髭生やしたチョイワルオヤジ系の人って、ストイックってイメージないですよね?」
「まあ……、なあ……」
「自家用時間跳躍機を持っている人ですよ。
もしかしたら、どこか別の空間とか時間に女性を隠しているってこともありうるんじゃ……」
「可能性は0ではない」
え、そうなん、係長?
「生宝の自家用時間跳躍機、運行ログがすっかりないんだ。
つまり、使うたびにログをクリアしていたらしい」
「それって危険じゃないですか?
時空コアの跳躍耐用年数の記録がないと、メンテができないじゃないですか。もしも、跳躍耐用年数を過ぎちゃったら、行った先の時間から戻ってこれないかもしれないし、最悪時空の狭間で遭難ってこともありうりますよ」
「構わないんだ。
数回使ったら、新車、おっと新跳躍機に買い替えていたらしいから」
僕と是田、係長の言葉に呆れ返った。
その中の2割くらいは、羨ましいって感情もあるけれど。
ちなみに、新車(?)の時間跳躍機は、家が一軒建つほどの価格だ。僕たちの収入なら、20〜30年のローンを組まないと買えない価格。
この価格帯のものにも関わらず、灰皿が汚れたから車を買い換えるのと同じ感覚でいる人が、本当にいたとはね。それもこんな身近に。
こういう話を聞くたびに、なんで僕は公務員なんかになっちゃったんだろうって思うよ。どれほどハードに残業しても、給料は微々たるもんなんだし。そもそも今回の江戸出張なんか、4万円で2ヶ月、時給換算で28円。
なんと、時給28円なんだぞ。
ちなみに時給28円で新車の時間跳躍機を買うには、3,435年、24時間勤務で無休で働かないといけない。
やっぱり、改めて腹が立ってきたぞ。
全体の奉仕者としての覚悟はあるにせよ、それを逆手に取られて無償労働の強制の口実にばかり使われるし。ホント、こういうの善意とか、覚悟とか、気構えとかを擦り減らすんだからね。
「じゃあ、結局、生宝氏のことは実質的になにもわかっていないのと一緒じゃないですか?」
「だから、それもあってここに来たんだ」
「あ……」
係長がここまで来た、真の理由に僕は思い至った。そりゃそうだ。説明だけをしに、わざわざ本人がくることはないよね。それはもう、手が抜ける場所は必ず律儀に手を抜くこの人のことだからなぁ……。
僕の顔を見て係長は肯く。
「そういうことだ」
是田も頷いた。さすがに「どういうこと?」なんて聞かないね。
ここには、生宝氏の自家用時間跳躍機のオペレーターがいるんだよ。
つまり彼、沢井氏は生宝氏の真の考えはわからなくても、行動についてはすべてを知っているはずなんだ。
だからこそ、この時代で泳がしているんだもんな。
「そうは言っても、沢井さん、口割らないでしょ?」
是田、この質問で自分が理解していることを示した。
それに対して、係長の返答はまたもや短い。
「口を割らせる方法はいくらでもある」
……怖ーえよ。
芥子係長の中身は佳苗ちゃんだ。つまり、水鋩流とか言ったっけ、毒まで使う流派を叩き込まれているんだよね。えげつない拷問方法とか、漢方の自白剤とか知っているんじゃねーの?
で、その知識を使うことに、躊躇いはぜんぜんないよね、この人。
「じゃ、マジで拷問……」
そう呟く是田は、芥子係長の中身が佳苗ちゃんってことを知らない。佳苗ちゃんの生い立ちも。
だから、是田の頭の中の拷問は、江戸というイメージに合わせてさぞやプリミティブなものだろう。石抱き、海老責め、蓑踊りあたりかな。
そして、顔を隠した僕たちが拷問役させられる、なんて想像もしているかもしれない。
でも、佳苗ちゃんのレベルは、絶対にそんなものじゃない。
「まずは1本切り落とせ」
「な、なにを!?」
くらいから始まるはずだ。
そんな役目、それこそ冗談じゃねーよ。
ああ僕、戻りたいよ、是田と同じように思えていた無邪気な頃に。
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