第33話 生宝氏の企み
「世界征服」
「は?」
芥子係長の言葉は短かった。
そして僕たちの返事はさらに短い。
「えっと、生宝氏が世界征服を企んでいる、と?」
僕、聞き返しちゃったよ。
そりゃあね、時を跳ぶことができるようになって、人類が歴史の改変に乗り出そしている今、そういうことを考えるヤツもいるだろうとは予想されていた。
そう、職場での飲み会でそんなジョークが出る程度には。
でも、まさか、実行しようってヤツがいるとはね。
「あまりのことに、出張中、病休中の職員までも含めて情報共有をすることになった。
内密にしてはおけない。
全職員をもって、記憶にある時間の流れとの違和感について観察し、報告するようにということだ」
「わかりました」
ああ、生宝氏を捕まえたのが僕たちである以上、逃げられはしないんだよなー。
「ちなみに、なんで綱吉暗殺が世界征服に繋がるんです?
世界史規模からしたら、極東の島国の、公式にはナンバー2が死ぬだけでしょ?」
と、これは是田。
まあね。
一応、征夷大将軍は天皇が任命するわけだから、ナンバー1ってことだけはない。実際の力関係はいろいろあったけどさ。
「1683年、清の康熙帝が台湾を併合した。
海を越える対外成功体験を、清は近々に持っている。その清に対して働きかけの痕跡が見られるんだ。
日本の軍事最高責任者が暗殺されたら、それを機に一気にと、な」
「日清戦争の200年の前倒しですか……」
是田がそう呟く。
「いいや、400年遅れの元寇かもしれませんよ。
ともあれ、生宝氏の企みって、日清の間で戦争を起こすだけじゃないですよね?」
僕は、そう聞いた。
だって、日清の間の戦争を起したからって、それでもまだ世界征服に直結するわけじゃないと思うからだ。
結局のところ、清は日本を征服しきれず、日本は清に逆侵攻もできない。そのあたりが、江戸期の科学力で海を超えて起した戦争の結末だ。
だからきっと、もっとあちこちに手を打っているはずなんだ。
「ああ、モンゴル以外のすべての周囲の国にも、当然のように手を回した痕跡があった。
つまり、清の包囲網ができつつあった。
海を渡って日本に対外戦争を仕掛けた結果、清の国力が低下したところで一気に周囲国が攻め込むと、そういう流れだ」
「ヨーロッパもですか?」
と、これは是田。
うん。
是田の心配のとおりだ。
世界征服が目的だとすると、ヨーロッパでも同じことをしているはずだ。ここでの工作は、アメリカの歴史に影響するから、波及効果はとても大きいはずだ。
だけと、係長は首を横に振った。
「そちらには、工作の痕跡は今のところ見つかっていない。
おそらく、そちらにはなにもないだろう」
「……時間跳躍機の発明を阻害しないように、でしょうかね」
と、これは僕。
「となると……」
「……はい」
是田のつぶやきに僕は応じて、2人で顔を見合わせる。
世界征服の上で永続的支配を望むなら、時間跳躍機の発明を妨害した方がいい。世界で自分だけが時間跳躍機を持ち、何度でもやり直しができるというアドバンテージは果てしがないほど大きいからだ。
たとえ、今と大きく違う時間の流れになってしまって、先の想像ができなくてもだ。
時間跳躍機の発明を妨害されないための抑止力となるのが、更新世ベース基地の存在だ。だけど、それももうサーバーに入り込まれている。だから、その抑止力は、最終的には信用できない。
だというのに、時間跳躍機の発明へのキーである、西洋の歴史への干渉は避けようとしているのはどういうことだろう?
「更新世ベース基地とか、時間整備課全体では、この事態をどう見ているんですか?」
まずは是田が聞く。
「時間跳躍機の発明を妨害しない、かつアジアの極端な地盤低下を企むということは、生宝は今の流れとはそう離れていない未来の上での世界征服を企んでいた、ということなのかもな、と。
そんなところだ。ただ、これでは読みが甘すぎる」
うん、読みが甘いことについては、僕も係長に賛成するよ。
是田はさらに続ける。
「それにもう1つ考慮すべき点があります。
時間跳躍機の発明は西洋文明の賜物です。
ただ、時間跳躍の基礎理論の構築にあたり、日本の量子論の小笠原教授の影響は無視できません。彼がいなかったら、時間跳躍は理論止まりだったとさえ言われているんでしょう?
つまり、時間跳躍機の発明を妨害しないと言い切っていいものかどうか……」
それについては、僕にも考えるところがあった。
「大丈夫なんじゃないですか、是田さん。生宝氏の中では。
元禄に対外戦争を経験した日本は、それからの100年の間にヨーロッパ列強に並ぶ軍事力を持つことになるのではないでしょうか?
その延長上に小笠原教授もやはり存在するのでは……」
「それだと幕末の騒乱が起きなくて、江戸幕府がずーっと続いていくことになりかねないぞ」
……え?
「軍事独裁政権が政権を担い続けるってのは、封建制がなくなったあとにはなくなりますよね?」
「なくなるもんか。
名義を党とかに変えて、そのまま続くのがオチだ。
幕府が続くことになる善悪、功罪は俺には想像もつかない。
でも、なにが起きるかわからない、それが制御の箍が外れた時間の流れだとおもうけどな」
うーん、納得がいくような、いかないような。
※そう、あの小笠原教授です。東京科学大学教授。 量子論で荒御魂と和御魂からとってクォークに、「アラオン」「ニギオン」と名付けたけど、その名は残らなかった人です。J.P.ホーガン、断絶への航海、ですね。
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