第32話 ここへきてこれか……
ただ、是田の指摘で僕、冷静になったってのは言える。
鉄パイプ1つ作るにしたって、是田の言うとおりで技術的ハードルは高い。
となれば、考え方は逆の方向性もあるだろう。
竹とかで軽く作って、壊れるのが前提で何年かごとに、また洪水が起きるたびに更新してしまうことだって正解の1つだと思う。
なんせ安上がりだし、江戸の技術でも楽にできる。
ま、これだと水を運ぶ経路はできても、橋の高さまで水を汲み上げる方法を考え出さないといけないんだけれど。
どっちにせよ、問題があるのに解決されていないのは、ハードルがあるからだ。で、そのハードルを越えるにあたり、低いハードルで済む方が良いのは決まりきったことだ。
頭を冷やして考えれば、
僕たち、話しながらも歩き続けて、佳苗ちゃんとおひささんたちの住む長屋にたどり着いた。
佳苗ちゃんはおひささんのところで、寿司詰め状態で寝るんだ。
それ自体は申し訳ないけど、まぁ仕方ないよね。それにさ、「はずれ屋」が再稼働しているから、長屋をもう一部屋、二部屋借りることだってできるだろうさ。
僕たち、長屋の引き戸を開けようとして、中で灯りが灯っているのに気がついた。
僕たちが帰るまで、佳苗ちゃんはおひささんのところにお邪魔するのを遠慮しているんだろう。なんせ狭いもんな。
そう思って引き戸を開けて、僕は呆然と立ち尽くした。
「雄世、止まるな」
そう言って僕の背中を押した是田も、僕の肩越しに部屋の中を見て固まった。
「……なんでいるんですか、係長」
是田が聞く。
僕には聞けない。
だって、かなり深刻な問題があるってことかもしれないから。
藪には蛇がいるもんだ。それも特大の。それをつつき出す役は、是田に任せたい。
佳苗ちゃんと係長は同一人物だ。
つまり、原則として同じ時間の中に、2人揃って存在していちゃいけないんだよ。だから、今回の政策自主研だって、係長は今まで江戸に顔を出さなかったし、僕と是田だけが島流しみたいに江戸に跳ばされたんだ。
ま、係長、めんどくさいから、僕たちを送り出す方に回って来なかったってのが、一番大きな理由だとは思うけどね。
にも関わらず、係長が重い腰を上げて、わざわざ江戸まで来た。そして、長屋の薄板の壁1つ隔てて佳苗ちゃんと係長がいる状況。これは、ヤバいよ。
芥子係長、僕たちと視線が合うと、唇の前に人差し指を立てた。
そりゃそうだ。
長屋の壁は薄い。音なんか筒抜けだ。
僕たち2人の男の声だけならまだしも、女性の声が聞こえてきたら、隣から佳苗ちゃんだけでなく、おひささん一家までやってきちゃうよ。
結局、帰り着いても座ることもできず、そのまま僕たちは再び根津権現に向けて歩き出すことになった。
ま、近いところだから町木戸を避けながら上手く移動できるだろう。
係長が乗ってきた
そして、再び静止軌道で密談となった。でも僕、係長の話、聞きたくねーなー。
「生宝の企みの一端がわかった」
単刀直入だな、係長の言い方。
でもって、わざわざ伝えにここまで来るってのは、やっぱりその企みが碌でもないってことだよね。
「更新世ベース基地のデータベースに潜入されても、更新世ベース基地の歴史専門家の記憶は改竄されない。なので、生宝による改ざんの洗い出しに時間は掛かっているけれど、各データの洗い直しは続けられてきた。
結果として、日本史以外でも、あちこちにいじられているデータが見つかってきた」
「綱吉暗殺だけではなかったってことですよね?」
「そうだ」
是田の質問に対する係長の返答は短い。
なるほど。
少し納得できるよ。
いくら吉良邸討ち入りの事件で、吉良側に心情が傾いていたからって、生宝氏にしたら遥か過去の話だ。わざわざ時間を跳んで、当事者ですらない裁判官役の将軍綱吉を暗殺に行くってのは、ご丁寧が過ぎる。
まぁ、偏執的に心が病んでしまって、そういうことをしたがる人間も一定数いることは理解している。でも、生宝氏はそういうタイプには見えないんだよ。
あれは、チョイ悪いタイプのオヤジだ。
悪どいタイプならまだ救いがある。でも、高校生が金の苦労もなく大人になって、そのまま思うことが全て通ってきてしまった人間。これは極めてタチが悪い。なにを考えているか、本人以外の誰も想像できないからだ。
で、当然、本人の考えていることがわからないから、傾向はわかっても真の意味で次の行動が読めない。
普通なら、経済的に損をしたくないとか、制約がかかるんだけどね。悪どいタイプってのはこういう原則で動いているから、案外対応しやすいんだ。
失うものがない人間は怖いって言うけど、山ほど持っていて失っても痛痒を感じない人間ってのは、もっともっとたちが悪いんだ。それこそ、採る手段に制限がない。
「……じゃあ、その企みってのはなんなんです?」
話の流れ上仕方なく、嫌々僕は聞いた。
あー、猿になって、見ざる聞かざる言わざるを実践したいよ。
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