第31話 江戸の工業力


 ところが 是田、僕のいけいけどんどんの気持ちに水を差してきた。

「まあ待てよ、早まるな。

 俺たちはまだ、時間跳躍機公用車を江戸でのものの移動に使っても、法的には問題はないってことを確認しただけだ。

 それしかないというのであれば、結果的に雄世案になるだろう。でも、今はまだ、具体的渡河方法まで決めちゃうのは早くないか?

 基本的に水道管埋設も大丈夫だろうけど、他の方法だってあるかもしれないし……」

 ……まあ、それはわからなくもないけれど。

 でもね……。


「幕府のお役人が、おひささんの旦那の話を聞き届けてくれたとき、肝心の僕たちに案がないってわけには行かないでしょう?」

「なら雄世、どう工事するんだと聞かれて、時間跳躍機公用車を使うって答えるのか?

 それが問題になるってのは、さっきお前自身が言ったことだぞ」

「あ、いや、それは上手く濁らせて……」

「いくらなんでも、幕府のお役人、そんなに甘いとは思えないんだけどなぁ」

「……」

 くっ、反論できない。僕だって幕府のお役人の立場なら、同じことを聞くだろう。

 僕、少し舞い上がり過ぎていたかなぁ。


「ただ、そうは言っても、川を水道が渡るためには、鉄パイプが必要だってのはそのとおりだとは思う。

 江戸で鉄パイプは作れるのかな?

 また、作ったとして、1年で赤錆びて崩れ落ちちゃうんじゃ話にならないんだけどな。

 その辺の話は詰めておいてもいいんじゃないか?」

 なんなんだよ。

 妙に鋭いじゃねーか、是田のくせに。ただ、ものを知らねーな。


「江戸で鉄パイプは作れますよ。

 火縄銃の太いの、見たことありませんか?」

「あるけど、あれの内径はどのくらいなんだよ?」

「34mmですね」

 僕、またもや情報端末を見ながら答える。


「ついでに言えば、断面積がおよそ9c㎡ですから、1秒に10cm進む流速なら毎秒90c㎥の水量ですね。1時間に324リットル、1日で8.8トン。倍の流速がとれるなら、1時間に約640リットル、1日で17.6トンです」

 僕、情報端末の電卓を叩く。


「あのな、その前に考えることがあるだろ?

 その火縄銃の銃身をどうやって繋ぐんだよ?

 それに、錆びないのか?」

「火縄銃を知りませんね、是田さん。

 火縄銃には尾栓があって、その尾栓はネジで、銃身の後ろにねじ込まれて塞いでいるんですよ。

 だから、銃口側にもネジを切れれば、繋いでいけるじゃないですか」

「あのな、尾栓は知っているよ。

 問題は、その精度はつなぎ目の水密ができるくらいなんだろうな?

 でないとすべての継ぎ目から水が漏れて、目的地まで水が届かないぞ。」

 僕、そう言われて初めて、工業生産品の鉄パイプと鍛冶の作る一品物の鉄パイプの違いに気がついた。


 火縄銃の銃身が1mとしたら、隅田川を渡るのに川幅が200mとしたら最少でも200本必要になる。継ぎ目も199ヶ所だ。

 それを江戸の鍛冶は、水密できるほどの精度で同一規格で作れるものだろうか。

 どうも無理なような気がする。


 江戸どころか、二次大戦終了後の日本の技術力は、職人技で一つの機械をある程度の信頼度の上で完動させることができた。ところが、この機械が壊れたときに、隣の同じ機械から故障した部分の部品を抜いて動かすことはできなかった。

 つまり、部品一つ一つの精度が低くて、それを個々の調整で組み合わせていたから代替できなかったんだ。


 さらに、こんな話を語った老技術者もいたらしい。

 ドイツのライカのカメラを2台分解して、その部品を積み上げたら、同じ高さになったと。そのことに日本の技術者はショックを受けて、その域に達するまで必死でものづくりの腕とか工程とかを改良し続けた。

 それがメイド・イン・ジャパンの信頼を得るための大きな力になった、と。


 でも、江戸の職人は、同一規格の量産という仕事自体を経験していないんだぞ。

 一番それができるのは大工だろうけど、今回は木工じゃないんだ。

 どうしたらいいんだ。


 さらに、是田、追い打ちを掛けてきた。

「それに、水密が達成できたとしても、ネジ込む部分の内径が他の部分と同じ太さでないと、そこがボトルネックになって流量が減るんじゃないかな。

 確か尾栓は、口径とほぼ同じ太さだろ。

「……」

 それはそうだけど……。

 具体的な話になったら、僕の頭の中のイメージと違いすぎてわけがわからなくなってきた。


「錆対策は?」

 そっちならもっと良い答えができるぞ。

「薄い漆の焼付け塗装で、かなり耐えられるみたいです。鉄パイプの内側にもできる加工です。

 実績としては、作られてから200年以上経っても、サビの浮いていない銀光っている火縄銃があります」

「それはすごいな」

 すごいだろ。

 僕だって知ったときは感動したんだぞ。


 その画像を情報端末に呼び出して、是田に見せた。

 ほら、ちょっと唸り声が上がっちゃうだろ。

 で、僕は続けた。


「その状態の鉄パイプに、銅を巻けば完璧だと思うんですよね。

 埋設すると、漆面を超えて傷がついて錆びこむでしょうけど、そうやっておけば……」

「鉄パイプにかぶせるような、銅のパイプは作れるのかな?」

「江戸の煙管キセルとかで銅製があるから、できるのではないでしょうか?

 それに、刀のハバキという部品も銅製で、これも広義で見れば筒状ではあります」

 ふふん、即答してやったぜ。


「じゃ、最初から銅パイプ作れば……」

 言うと思ったよ、是田。

「埋設したら潰れます」

「あ、なるほど」

 ようやく僕、これで是田に一矢報いた気になったよ。

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