第97話 赴任


 遠隔地異動って、まぁ、遠隔地だから身体を運ぶ時間が考慮されるもんらしい。

 でないと、3月31日から4月1日の間に移動しきれないからだ。

 だというのに、僕は3月31日に旅立つために公用車駐車場にいる。


 係長が、時間跳躍機公用車のエネルギー充填の状態のチェックを2度した上で、目的時空間座標を入力してくれた。当然、時間跳躍機公用車の自動帰還のセットも、だ。

 昆虫型の時間跳躍機を取り囲むように、局の面々が見送りに事務室から出てきてくれている。

 4月1日の移動だと見送りできなない人が出てくるから、こうなっているのかと思ったら、あまりに例がない人事異動だから前例がなくて、次長がいろいろお膳立てしてくれたらしい。

 でも、僕、明日戻ってくるんだよ?

 これって、会場を満員にして解散コンサートを開いたのに、翌日再結成しちゃうみたいな感じにならないかな?


 その次長が右手を差し出す。

 僕も仕方なく右手を出して握手。

 だからさ、無理に盛り上げないで欲しいな。

 別れは別れでも、その実感は実は僕にしかないわけだし、その僕が冷静なんだから。


 芥子係長が、小さな花束を僕に押し付けてきた。

 さすがに、退職者に渡すものよりは二まわり小さい。でも、なんかショックだった。

「早く行け。

 あと5分で跳時してしまう」

 ありがとうございます、係長。

 そう言ってもらえて、助かりますわー。

 他の人から湿っぽい言葉を聞くのも嫌だし、おためごかしも嫌だし、ばんざいなんかされたら恥ずかしくて死んでしまう。


 僕はみんなに手を振って、時間跳躍機公用車に乗り込む。

 是田が外からドアを閉めてくれた。

 最後に是田の手がサムズアップするの、閉まるドアの隙間から見えた。

 ここで急に僕、出発してここを離れることを実感した。


 そして、僕はここで独りだ。

 公用車に独りで乗って跳時するってのは、まず例がないことだ。

 多分、時間整備部では誰も経験したことがないんじゃないだろうか。

 独りだと怖い乗りもんなんだな、時間跳躍機公用車

 あの是田がいただけでも怖くなかったのに。


 両親にも今回の異動は話していない。

 戻ってくるのが明日と言うだけでなく、前にも言ったけれど、セキュリティの問題もあるからね。だから、僕の私生活はなんの変化もなくて、今までそれほど実感が湧いてなかったんだ。


 僕は、独りで遠くへ行く。

 僕自身の体感では、辛くても逃げ出せないほどの距離を。

 人類すらいない場所に。

 急に、行った先で新しい出会いがあるかもしれないことへの期待が消え失せ、事務室の元の自分の机に戻りたくなってしまった。


 行った先には佳苗ちゃんがいる。呆然とするほどの距離の先だけど。でも、いるはずなんだ。

 そう自分を奮い立たせようとするけれど、憎たらしい是田でさえ、ウシガエルじちょーでさえ懐かしい。まだ、時間跳躍機公用車の扉の外、10mもない距離に2人ともいると言うのに、だ。


 公用車の操作パネルやディスプレイが光を放つ。

 その片隅で点滅しているカウンターの数字がどんどん減っていっている。

 そろそろ、問答無用に出発だ。

 いっそ、と立ち上がるのを、手の中の係長から渡された小さな花束が引き止めた。

 もう行くしかないんだよな。



 外から、雑多な声が聞こえてきた。

「がんばれー」

「無事に戻ってこい」

「土産話、待っているぞ」

 うー、他人事だと思っているな。

 ……うん、仕方ないから頑張る。


 ディスプレイの片隅で点滅していたカウンターが0:00となり、ディスプレイが一気に色を変えた。

 跳時だ。

 僕は歯を食いしばった。

 さあ、行けっ!!



 − − − − − − − − − − − −


 僕、半分気を失っていたらしい。

 仕事で跳んだことがあるのは、せいぜい縄文後期までだ。時間改変するにも、それ以前になると基準となる歴史書すらないからね。

 で、800倍以上の距離を跳んだせいか、身体がふらふらだ。

 跳時酔いなんて、僕には無縁だと思っていたんだけどな。


 目を無理に見開いて、一気に僕は自分を取り戻す。

 操作パネルからディスプレイ、全部が警報を示していて真赤だ、

 時間跳躍機公用車の残存エネルギー、残り5%を切っている。これじゃ、警告が出るわけだ。跳時中にエネルギーが尽きたら、二度と戻ってこれないからね。


 それでも、残存エネルギーのゲージはゆっくり増えている。

 ああ、無事に更新世ベース基地の公用車駐車場に着いているんだ。

 このエネルギーが満タンになる前に降りないと、自動的に連れ戻されてしまう。


 外からドアが開けられた。

 更新世ベース基地の職員だろう。

 僕はごそごそと身の回りのものをまとめて、辞令を手に取った。

 これを見せて歩かないと、僕はここで新任職員として認知してもらえないからね。


「お世話になります!」

 そう、元気よく。

 第一印象は重要だから、僕は時間跳躍機公用車の外に声を飛ばす。


 僕は公用車を降りて、ドアを開けてくれた是田と目が合った。

 

 えっ、是田!?

 なんで!?


 僕の脳は一気に混乱に陥った。

 時間跳躍機公用車の故障か、最初からたちの悪い冗談で、僕はどこにも移動しなかったのか。

 僕の視線はせわしなくまわりを覗い、合理的な解釈を得ようとした。


「……是田さん」

「なんだ、雄世?」

「夢でも見てますか、僕?」

「いいや」

「ここ、更新世ベース基地ですよね?」

「そうだけど」

 ここで、是田の顔、耐えきれなくなってゆがんだ。

 さぞや笑いたいのを我慢していたのだろう。


「事情があって、雄世の人事異動の1年後に、雄世が異動する1年前の更新世ベース基地に、俺は異動したんだよ」

 その言葉が僕の中で理解に変わるまで、ゆうに10秒は掛かった。

「この先輩が、更新世ベース基地での仕事を指導してやるから、安心してついてこい」

 そ、それが嫌なんだよっ!

 それが嫌で異動したってのもあったんだよっ!!


 僕は更新世の空を仰いで、天と自分の運命を呪ったんだ……。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★


時を跳ぶ人事異動w


これでこの章終わりです。

お付き合い、ありがとうございます。

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