第96話 辞令交付


 いよいよ、3月31日。

 僕は15:00まで働いたら辞令交付式で辞令をもらって、それを見せながらのあいさつ回りをして、時間跳躍機公用車で更新世ベース基地に行くことになる。

 そのあと、公用車はエネルギー充填後に自動転送される予定だ、


 なぜなら、人間は使い減りしないけど、公用車はメンテ等で使い減りするからだ。つまり、数年後の僕は明日戻ってくるから、公用車も僕について同じように明日戻ってくれば、一見して時間整備部の業務に差し支えないように見える。

 でも、行った先の更新世ベース基地で使用するから、公用車はメンテが必要ってことだ。で、そのためには時間整備部から時間管理部へ公用車移管しなければならない。となると手続きが煩雑になるので、それなら自動転送して戻した方がマシってことになるんだ。


 ま、そういうことで、僕自身が何年更新世ベース基地で働こうが、戻ってくるのは明日だ。

 だから、引っ越しの準備とかはなにもいらない。

 ま、気持ち的に冷蔵庫の中身は整理したけれどね。あくまで気持ちの上なんだけど、5年前の新鮮な牛乳という、主観上わけのわからないものは飲みたくなかったからだ。

 人間の判断って、こういう論理では割り切れない気持ち悪さに左右されるよね。



 通常の事務引継は4月の第一週に行うんだけど、僕は遠隔地異動だから3月中に済ませてしまった。

 逆に、僕の更新世ベース基地での引継は4月以降。だから、ぽっかりと空白期間が空いたようなものだ。事務引継してもらうまでは、いるだけでなにもできない。せめて前任が、机の上に事務引継書を置いていってくれたら良いな。

 それを読むだけでほぼ1日は潰れるし、引継ぎで話を聞くときには基礎知識が身についていることになるからだ。


 そんなことを考えている間にも、時間はどんどん経っていく。

 周囲のすべてを拭き掃除したし、机の引き出しの中身も「改正時間整備改善法関連四段表」とか、「改正時間整備改善法に関る判例集」以外は、すっからかんできれいなもんだ。


 明日からこの席に座る彼女も、そう悪い気はしないだろう。

 時間改善四係、来年度からは係長と僕の後任で女性が2人になるんだ。きっと是田は嬉しかろーよ。

 ま、引継ぎで話してみたら、かなりキツそうな娘だったけれど、そんなの是田に教えてやる義務はないもんね。声かけて、袋叩きに反撃されるがいいさ。



 お昼は、係員みんなで会食した。

 て言ったって、お弁当をみんなで顔を合わせて食べただけだけど。

 少なくとももう、是田と芥子係長を同時に見ることはないだろう。来年には係長か是田が異動するだろうからだ。人はそこに居続けるのに、二度と同じグループにはならない。そういう意味では、学校のクラス替えにも似ているかな。


 特に係長はキャリア扱いなのにこの係に来て長いし、生宝氏の事件に対する特命的な位置づけもあった。それもう、ほぼすべて片付いてなくなったからね。確実に異動だろうけれど、時間整備部から時間管理部に戻りたいのかどうかはわからないな。


「昔だったら、いろいろ大変だったでしょうねぇ」

 弁当の唐揚げを頬張りながら、是田が言う。

「雄世、戻ってくるのは明日なんだろ。

 今は寿命が200年時代だから、5年でそう見た目が変わりはしない。

 でも、寿命80年時代だったら、5年経って明日戻って来たら、いきなり老けたって言われそうだよな。

 親が泣くかもなー」

 おい、是田、てめー、喧嘩売っているのか?

 そんな老けねーよ、僕は。30歳代には永遠にならないんだからな。


「戻ってきたって、元いた所属に戻るって例は少ないですからね。

 時間改善四係で是田さんとまた机を並べるってことは、ないんじゃないでしょうかねぇ」

 そう逃げながら、僕、心のなかで悪態をつく。

 戻ってきた僕を「先輩」と呼べよ、是田。

 更新世ベース基地に5年いたとしたら、戻ってきたときには是田より3歳年上ということになるんだからな。

 うんと可愛がってやる。相撲用語的な意味で。


「うん、雄世、そうかもしれないな。

 まぁ、良い係だったんじゃないですか。

 生宝氏の問題はあったけれど、切り抜けられた。上手くいかなかった可能性も相当高かったと、俺は思いますよ。

 ま、明日からは失言大王がいなくなって、さらに良い係になるでしょう」

「それは、洒落でも今言っちゃいけないことじゃないですか?」

 僕の声、いらいら感が滲み出ちゃっている。

 最後の最後に、それはないだろ!!


「失言大王に、失言を返してやったんだ。

 餞別だよ」

 くっそ、ドヤ顔がムカつくな。

 上野広小路で首を絞めあったとき、とどめを刺しておけばよかった。



 お昼を食べたあとは、メールであちこちに異動のお知らせとお礼。

 更新世ベース基地のシステムは独立しているから、メールのやりとりもままならない。だから、今済ませておかないと。

 そして、15:00。


 当然だけど、僕以外にも異動者はいて、15人くらいにはなった。

 その15人が列を作って時間整備部の部長室に入り、並ぶ。

 辞令交付式が始まって、各課長から辞令を受け取る。昔は各課ごとにやっていたらしいけれど、だんだん効率化された。儀式ができる個室も他になかなかないし、あいさつも一度で済むからだ。送る方も送られる方も、受け入れる方も、ね。


 さて、いよいよだな。



 − − − − − − − − 


次話で第二部終わりです。

ありがとうございます。

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