第1話 僕たちの仕事を説明しよう


 さぁ、ここからの4行、覚悟して読んで欲しい。

 通常、僕たちの時間整備局時間整備部時間整備課時間改善四係の仕事は、提出された「時間改変申請書」に添付された「人道的時間改変計画書」を法的審査の上で、議会の下部機関である「時間改変人道委員会」に諮問し、問題なく承認されたら「時間整備局長名」で申請に対する「許可指令書」を出すのが仕事だ。


 どうだい、読んでいて、目が滑るだろ?

 でも、この長い熟語、いわゆる「戒名」を読みこなせないと、行政系公務員も時間系公務員も務まらない。技術系公務員だって、予算の季節が辛い。

 落ち着いてもう一度読んで、熟語ごとに分解して、一つ一つを読み込む。それですぐに理解できたとしたら、あなたは公務員の素質がある。

 ま、慣れも大きいんだけどね。


 とはいえ、このあたりの熟語は読み飛ばしても、法律に関わるプロでなければ、そしてこの法律にもとづいて「時間改変申請書」を書こうというのではない限り、そうは問題にはならない。

 まぁ、「夜露死苦」みたいなもんだと思えば、気楽なもんだろ。



 で、「時間改変申請書」の法的審査には、まずは必要書類がきちんと揃っているかどうか、添付された戸籍や住民票によって申請者の身元の確認ができるかどうかから始まり、記入に間違いはないか、法的に見て記述に不適合なところ、辻褄の合わないところはないかのチェックをする。

 また、一見問題なくても、どこかに不自然な記述があれば、嘘の申請ということも考慮する。


 これが単純なようでいて、けっこう大変なんだ。

 そもそも、順当に全部の書類が揃えられる申請者ばかりではない。「人道的時間改変計画書」の計画を実行した場合の必要経費の見積りと、それに相当する「資力の証明」の書類など、その最たるものだ。


 銀行の「預金残高証明書」でもあれば話は早いんだけど、持っているどこかの会社の株券だとか、持っている貴金属類の写真だとか、実際の資産価値が不明なものや所有権の所在を証明できないって物が添付されることも多い。


 さらに、計画していた本人は「父から借りる」ということで、父親の「預金残高証明書」と支出の「同意書」が添付されていたのに、その父親が申請翌日に急死したなんて例すらある。こうなれば、遺産の整理がつくまで書類はタナザラシにせざるを得ない。取り下げてもらえば一番いいんだけどね。

 なぜなら、銀行からお金が下ろせないから「許可指令書」があっても申請者は計画の実行ができないし、「許可指令書」には有効期限があるからだ。

 だって、いつかどこかで実行したいなんて計画だったら、許可のしようがないだろ?

 概ね3ヶ月以内に実行できない計画は、審査対象にならないんだ。


 実は、このくらいならばまだいい。

 申請者本人が背乗りした別人で、歴史的経緯のある特定エリアに対するテロを計画していたなんて例だってあった。

 つまり、過失や事故ではなく、悪意に基づく申請だ。


 だから、身元の確認はしっかりするし、それぞれのエリアは自動的に情報共有されて、国家があった時代の他国人に相当する人物の申請は念入りにチェックする。

 日本区域に対しての数多くのテロ行為が申請される区域があったことから、こんなこともルール化されたんだ。


 ま、こんな悪意の申請を見つけちまったら、もうその係どころか局全体で大騒ぎだ。

 その申請者のカバーを見破っちまった係員は、文字どおりの報復を恐れて外を出歩けなくなっちまうし、捜査機関だの諜報機関だのの人員が毎日出入りして、毎日おんなじことを、繰り返し繰り返し飽きるほど聞いていく。

 だけどさ、申請書の不備で見つかるような工作活動って、そんな杜撰な計画を企んだ方が悪いだろっ。見抜いたこちらを恨むのは、逆恨みだよ。

 それなのに、僕たちの時間はそんなこんだで際限なく削られるんだ。



 時間整備課には、歴史改善一係から歴史改善九係までがあり、みな似たような仕事をしている。ただ、仕事の地理的エリアが異なるだけだ。各係の数字の「建制順」、つまり係間の上下関係は、歴史的、地理的重要度の順に加え、歴史の独自性も考慮される。だから、一係が1番人数が多く忙しかったりする。

 そして、このように分けられているのには理由がある。


 当然のことながら、許可された「人道的時間改変計画書」が計画から逸脱せずに実行されたかを、許可した「時間整備局」側としてはチェックする必要がある。

 なので、各歴史改善係には専用の「公用車」、つまり時間跳躍機タイムマシンが用意されている。あ、公文書上は、あくまで「時間跳躍機じかんちょうやくき」だからね。

 つまり、時間改善各係の係員にとっての出張とは、空間よりも時間を移動することの方が多い。


 そして、えてして係員の出張は厳しいものになる。「ホテルと乗り物を予約して」というような出張には当然ならない。

 戦場の真っ只中への移動は当たり前、宗教裁判の拷問部屋なんてこともある。

 その時になにを見させられるかなんて、もはや言うまでもない。

 この上、悪意ある申請者の暴走なんかが加わった日には、僕たちの仕事は危険手当も付かないのに命がけになる。組合とかいろいろやっているらしいけど、局側の言い分としては、あくまで確認という見に行くだけの仕事だから危険性は低いんだと。酷いもんだ。


 なお、時間改善四係は極東アジアが担当区域で、係員は時間跳躍しても現地人ならぬ「現時人」に身元がバレないスキルを求められる。

 人事異動で配属が決まると、まずは法体系を学ぶことと並行して、このための研修があるんだ。

 要するに、極東アジアを専門とする時間改善四係の係員が、時間改善一係の管轄であるヨーロッパ、それも古代ローマでバレずに行動することは難しい、ということだ。

 これは振る舞いだけでなく、僕たちの顔があまりにも平たいからというのもある。つまり、係への配属は人種的配慮がされるんだ。

 今日日、人種差別に繋がりかねないとして、こういう配慮は極めて珍しいことなんだけどね。


 これらの違いは当然、職場のメンタルヘルスにも及ぶ。

 時間改善四係は、「当たり」の係と言われている。

 歴史の長さに比して、非人道的な行いの絶対数が少ないからだ。

 他の係の係員だと、皮剥ぎの刑だの、凌遅の刑だの、スプーンで目をくり抜くだの、ファラリスの雄牛だのと、こんなのを毎日見せられているから当然のように病んでしまう。

 申請者は自分が申請した事案しか見ることはないけど、係員は勤務日の4分の1はこんなものを見続けることになるからだ。


 一係から九係の係長の中でも1番不埒な人間と見られている芥子けし 花蘭からんが四係なのは、人種的なこともあるけれど、他地域に比べてそうは荒れていない区域の担当をさせておけば無難に過ごしてくれるだろうという、上層部の希望的思惑が働いているということも忘れてはならない。

 でもって、こういう上がなにを考えているかなんて情報は、いつだって、そこはかとなく漏れてくるものなんだ。

 ま、芥子係長みたいなキャリア組を下っぱにしておけないのもわかるよ。

 ウチの組織は、係長と言えどもその位置はとても高い。おいおい説明するけれど。



 今回の出張、芥子係長は鼻歌交じりに時間跳躍機の座席で浮かれている。行った先で、まあ、よろしくないことをしようと考えているに違いない。

 そして同僚の是田これだ 芽太めだは、見るからに打ちのめされたような表情で行き先の時間空間設定をしている。出発前に、係長からくだらないことでトッチメられたからだ。


 時間跳躍機に積む非常時用の飲用水が減っているって、今まで中東に行く二係ですら使った例なんか一度もなかったのに、今回に限ってチェックするんだもんな。

 僕たちの仕事の性質上、人のいない砂漠の真ん中に行くなんて例はないというのに、だ。

 

 ひょっとしたら、可能性だってなくはない。「係長として、係員がちゃんと時間跳躍機の運用チェックしているか確認した」っていう、係員からしたら最悪の逃げ道が係長にはある。

 まして芥子係長の性格は極めてよろしくない。だから、絶対に隙を見せたらダメなんだ。


 それでも今回の出張は、ずいぶんと精神的負担が軽い。

 今日の出張先は、江戸時代、貞享3年(1686年)の江戸。

 事件が起きているのは信州松本藩。

 申請者は、生宝いほう真正しんせい氏。

 彼の申請した「人道的時間改変計画書」のとおりに上手くいけば、今回は血を見なくて済むはずだ。

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