第55話 佳苗ちゃんの説明


 僕からは、「刀を引け」とは決して言わない。

 自分たちで判断してもらっておかないと、こういうのはしっぺ返しが怖いからだ。だから、ただ、畳み掛けていく。

「この場はこれこのとおり、野次馬にも囲まれております。

 皆さまにとっても、決して望ましい場ではございますまい。

 どうなされるか、お考えを」

 これで、どうだ?


「やむなし。

 一旦引こうぞ。

 山木、先生に肩を貸して差し上げろ。

 はずれ屋、貴様らの言、覚えておく。

 近藤逐電の際には、目太とやらの命、貰い受けるぞ」

 ようやくその声が出て、僕は安心のあまりに膝が崩れそうになった。

 で、僕の膝が崩れなかったのは、佳苗ちゃんの小さな背中が岩のように揺るがなかったからだ。

 その揺るぎのなさは、「まだ終わっていない」と僕に告げていた。


 4本の刀が納刀され、最後に佳苗ちゃんがやっつけた年配の侍が他の侍に支えられてようやく立ち上がる。

 佳苗ちゃん、その前に回った。

 そして、その年配の侍の腹に、無造作に持っていた刀を突き込んだ。

 野次馬からけたたましい悲鳴が沸いた。

 僕と是田も息を呑んで、悲鳴も出せない。


 他の侍たちが納めたばかりの刀の柄に手をやるものの、一番近いところにいた2人は年配の侍の身体を支えるのに精一杯で、なんの対応もできない。

 次の瞬間、佳苗ちゃんは5mも飛び退って、ひたと眼を侍たちに向けた。



 一瞬の間を置いて、侍たち、足をもつれさせながら、それでも足早に離れて行く。

 その段階で僕たちも、野次馬も、初めて佳苗ちゃんがなにをしたのかを理解した。

 佳苗ちゃん、年配の侍に刀を返したんだ。

 それも一発で、年配の侍の腰に差したままの鞘の鯉口に、切っ先を通して納刀して。


 これがどれほどのことか、僕にはわかる。半年前ならわからなかったけれどね。

 僕が刀を持って突き技を試みたとして、切っ先を直径20cmの的にすべて当てられる自信はない。

 突き技だからね。ゆっくり慎重になんかやっていられないんだから、そうなるよね。

 ましてや、動く的が相手だと、直径30cmだって怪しい。

 そもそも刀は真っ直ぐじゃない。反りがあるし、その反りは一本一本の刀すべてで異なるんだ。

 なのに、直径5mmの動く的に当てるって……。


 その恐ろしさを、あの侍たちが一番理解した。なんと言っても、至近距離で見たわけだから。

 だから、佳苗ちゃんが丸腰に戻ったのを好機とは考えず、飛び退られたこともあって、深追いせずにそそくさと立ち去ったんだ。

 ここで「はずれ屋」の女店員に殺されたんじゃ、犬死だもんね。


 佳苗ちゃんのデモンストレーションとしては、最高のものだったんだろうけど、殺人の現場を見ちゃったと思った僕は、寿命が3年くらい縮んだよ。



 あらためて、僕たちは歩き出した。

 5人もいると、心強いねぇ。誰も死ななくてよかったよ。

 でも、佳苗ちゃんとおひささんがここにいるってことは、「はずれ屋」は今日は休業だったんだろうな。


「佳苗ちゃんが強いのは知ってましたけれど、おひささんも……」

 と、是田が言い出したところで、おひささんの顔色が紙のように真っ白になった。

「滅相もない。

 今になって、怖ろしくなってまいりました。

 わ、私めは単に懐剣を構えていろと、佳苗殿に言われたことをしただけでございます」

「佳苗ちゃんに?」

「はい」

 あ、おひささん、今になって歯の根が合ってない。怖かったんだろうねぇ。


「……佳苗ちゃん、説明してよ。

 なんで、あのタイミングで助けてくれたかも含めてさ」

 僕、改めて聞く。


「そもそも昨日、牧野様の使いが長屋に見えられたとき、怪しい人影があったのでございます。

 その人影は、刀を差していました。

 常時監視されていたか、たまたま見られたかまではわかりませぬ。でも、こうなればもう、あとは考えるまでもございませぬ。

 万が一を考え、『はずれ屋』の営業の一時休業の手はずを整え、あとを追ったのでございます。

 ただ、どの道を使うかまではわからず、無駄に探し回ってしまいました」

 うう、もしかしたら野次馬に囲まれたからこそ、見つけてもらえたのかもしれないな。

 そして、僕たちの稼いだ時間の一秒一秒の積み重ねが、ぎりぎりで佳苗ちゃんたちの介入が間に合うまでの量となった。


 あらためて背筋が寒いなんて思っていたら、佳苗ちゃんが続ける。

「多人数に対し、独りで戦うのは無理でございます。

 ましてや、誰かを守りながらなど。

 必ず背後を取られ、こっそりと背を突かれます。こういう場合、一撃で仕留めようと敵も激しくは踏み込んできませぬ。ゆえにわからず防げず、軽い突き傷であったとしても、その数が3、4箇所になったらもう終わりでございます。

 でも、おひさ様に後ろで懐剣を構えていただくだけで、その危険はなくなります。

 また、おひさ様に斬りかかるにしても、正面からだとこっそりというわけには参りませぬ。さればその気配も大きく、むざむざおひさ様に怪我をさせることもありますまい、と。

 それが、おひさ様にご助力願った所以でございます。

 あと、敵に刀を返す際は最も用心せねばならぬところ。なので、あざといことをいたしました」

 なるほどなぁ。

 そういうことかぁ。

 いろんな駆け引きがあるんだねぇ。

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