第54話 代償は是田の命で


 僕に、日本刀に対抗する物理的手段はない。

 ただ、佳苗ちゃんとおひささんが作ってくれた、数瞬の対峙の間があるだけだ。これを活かせなかったら、僕たちは死ぬ。


 もしかしたら佳苗ちゃんの腕ならば全員を倒せるかもしれない。だけど、そうしたらもう佳苗ちゃんは、普通の娘としてこの界隈で生きていくことはできなくなる。

 僕たちは名乗りを上げ、野次馬にも身バレしている。

 そして、女衒のお兄さんを叩き帰したというのと、5人も殺したというのじゃ話が違いすぎる。


 もしかしたら、その結果、更新世ベース基地からの佳苗ちゃんのスカウトという流れになるのかもしれない。だけど、江戸の町で普通に生きていけない娘の価値は下がってしまうかもしれない。そうしたら、時を越えてスカウトが来なくなってしまう可能性もある。


 ここまで僕は一瞬で考えたけど、その先に考えが進まな……。

 ……って、時を越える?

 今日は何日だ?

 偶然ってのも、利用できるなら利用しつくさなきゃだめだよな。



 僕、是田を押しのけて立ち上がった。

「あなたたちは、ずいぶんと不忠なんですね。

 ご主君が江戸に着く日を血で汚すとは」

「なにっ!?」

 一か八かだ。

 斬られる前に、話しきれるかどうかだ。


「牧野様に聞きましたよ。

 今日、松山から江戸に着くと。

 よりにもよってそんな日にこの方の首を取ったりしたら、公儀の方たちはどう思うでしょうね?

 ご主君の命で取った近藤さんの首は、君前に置かれたと取られるでしょうね。

 そうなると、せっかく諸侯に復帰されたのに、公儀の判断に不満がある、すなわち『反意あり』と見做されるでしょうねぇ。

 単なる喧嘩だなんだと言い訳しても、江戸に着く早々のことですから、言い逃れもできず切腹ものでしょう。

 主君を切腹に追い込む、これを不忠と言わずしてなにを不忠と言うのでしょうね」

 全員の切っ先が、心持ち下がったな。

 これはいけるかも……。


 記録によれば、松平光長が江戸柳原の屋敷に到着するのが今日、12月15日のはずだ。

 1日、2日誤差が出たって大勢に影響はない。

 まずは今、僕たちがこの場を切り抜けることが重要だし、この時代、天候に恵まれないだけで、旅行日程なんかころころ変わってしまう。記録に残った日程の正確性に難があったとしても、誤差の範囲でいいや。


「でたらめを申すな!」

「でたらめではございません。

 でたらめだと思われるのであれば、柳原のお屋敷に問い合わせてご覧になられてみては。

 先触れの使者殿が、すでに到着されているやもしれませぬ」

 先触れの使者とは、貴人の一行が到着することを知らせるために先行する人間のことだ。

 諸侯ともなれば、当然のようにこういうことはされているはずだ。その使者が、「今日ではなく明日着くよ」と言っていたとしても、僕たちにとってはもう事態は変わらない。この侍たちは、「斬るに斬れない」状況になってしまう。



 ここへ来て、意思決定をできる師と呼ばれていた年配の侍が、佳苗ちゃんにやっつけられているのが、良くも悪くも大きいな。

 つまり、烏合の衆なんだよ。

 僕の言葉で、良いように迷い惑ってくれている。だからもう、あえて襲ってくることはないだろう。


 ただ、だからこそ、却って帰ってくれない。「どうしていいかわからないからここにいる」っていう、1番困った状態だ。

 それに、武士が刀を抜いちまっているから、なにも斬らずに納刀するのも沽券に関わるんだろう。

 くっそ、こういうところ、女衒のお兄さんよりめんどくせーな。


 と思っていたら、僕の横に是田が立った。

「この場は『はずれ屋』主人、目太に預からせていただけませぬか。

 皆さま方のご公憤もわかりますが、牧野様の屋敷で実際に話し、すべて聞いてきたのもこの私にございます。

 今日のこと、皆さま方のご公憤からの行動であり、寄ってたかっての嬲り殺しがしたいわけではございますまい。

 加えて本日ご主君が江戸に着かれた後は、事態がどう転ぶかもわからず。

 皆さま方の腕と人数であれば、近藤様の命はいつでも取れましょう。ただし、一度取った命は取り返しつかぬのもまた真実。

 たった数日のことゆえ、それを見極められては如何?」

 そう是田に投げかけられて、さらに動揺が広がっていく。


 僕も言葉を継いだ。

 是田の考えがわかったからだ。

「江戸に着かれたご主君に伺いを立てられるのも、またよろしかろうかとも愚考いたします。

 もしもご主君が、御公儀の手前、近藤様を『殺してはならぬ』とお考えかもしれませぬ。であれば、皆さま方は主君の意に大きく反することになり申します。それは、皆さま方にとっては、骨折り損のくたびれ儲け、元も子もございますまい。

 皆さまのその見極めの数日の間、この『はずれ屋』の目太と比古、近藤様の身を預からせていただきます。

 そもそもこれこのとおり、最初から近藤様は逃げも隠れもしておりませぬ。

 そのことをよっくお考えいただき、その上で近藤様には誠に失礼なもの言いながら、この目太と比古が近藤様を逐電なぞさせぬことをお約束いたしましょう。

 また、逐電された場合は、この目太の首を取らるるがよろしい」

「ちょ、おまっ!」

 僕は、是田の狼狽を無視してさらに続ける。

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