第70話 システム侵入手段
僕、是田を揺り起こして、係長の書いた復命書を突きつける。
「なんだ?」
なんだじゃねーよ、いい加減起きろやっ!
是田がぼーっとした顔で復命書を読んでいる間に、僕、係長に話しかけた。
「係長、質問があります」
「なんだ?」
「『かねてからの報告済みの懸案課題』ってありますけど、次長、所属長は、生宝氏の計画を知っていたんですか?」
「知っていた。
私が上には報告した」
……知らないのは、僕たちばかりかよ。
「……では、なんで係長はそれを知っていたんです?」
「あれは、嘘つきのニオイがしていたからだ」
「冗談はやめてください。
なんで知っていたんですか?」
知らず識らず、口調が詰問しているようになるのは仕方ないよね。
「この事務所で使用している業務用パソコンは、すべて生宝氏の息のかかった企業から納品されていた。なんせ安かったから、入札でも1回目で落としていた。
納品の際には、パソコンの中に電波発信できるような怪しいものがないのかは、管財で確認済みだ。でもな、私は疑っていたんだ。これは、逆も真なりだからな」
「どういうことです?」
「通常の業務用の端末は、外部ネットワークにも繋がっているし、そのための無線LAN機能を積んでいる。
だが、時間整備局独自の、更新世ベース基地に繋がっている端末は、無線LANを外した仕様だ。
つまり、両方の端末を一括納品した生宝さんにだけは、どれが時間跳躍のネットワークライン専用機なのか、一目瞭然なんだ」
あ、なるほど。
「もう一つある。
その端末納品の頃なんだよ、生宝さんの一番最初の申請は……。
となると、疑いたくもなるな。
発注仕様で無線機能はなくなっているとはいえ、電源ケーブルは繋がざるを得ないし、そこにバックドアを設定しておいてあとからからハックすることも不可能じゃない。管財は、発注仕様に沿って無線LAN関係パーツが外れていることの確認するだろうが、電源部のユニット内に高周波フィルタの情報復調器がついているかのチェックまではしない。
管財に端末機器の専門家並みの知識はないし、ソレはやむをえないだろう」
「つまり、更新世ベース基地のデータベースに、生宝氏は入っていたってことですよね。で、いつの間にか綱吉暗殺を正史だと書き換えていた、と」
「そうだ」
……って、機器の納入先すべてを疑っているんかな、係長ってば。
「でもですよ、係長。
いくらあのパソコンに入り込めていたとしても、更新世ベース基地のデータベースへのパスワードとかは二重に暗号化されていて、キーボードの操作ログも無効化されていて単純にはわからないはずでしたよね。
なのに、どうやって……」
と、これは是田。
短いだけに、もう復命書は読み切ったらしい。でもって、是田は昨年度の回り持ちでの端末担当だから、そんなことも知っているのだろう。
「目で見てたんだよ」
「目?」
僕、係長の言っている意味が全然わからなかった。
「生宝氏のアフリカ系日本人の秘書だ。
視力、3.0を超えているらしい。
何度も雄世のところに質問に来ていたろ?
そのたびに、更新世ベース基地のデータベース端末の操作画面と操作している職員の手元、指先を観察していたんだ。
あのシステム、セキュリティのために一定時間経過するたびにパスワードの再入力を求められていたから、盗むのは簡単だったかもな」
あまりのことに、僕、喋ろうとしてもとっさに口から声が出なくて、ぱくぱくと水面の金魚みたいになった。
そんな、そんなバカみたいな手段……。
「見ていたって……、そんな方法、アリなんですか?
サーバールームに直に入って、メモを盗んでくるみたいなやり方じゃないですか。約束違反ですよ、そんなやり方っ!」
パスワード破りって、なんていうのかな、ツールを使ったりソフトを使ったり、システム管理者の性格を見抜いたり、最後の最後には確率論を根性でカバーするもんじゃないのかよ?
それをこんな、「物理」で解決するなんて。
係長、珍しくため息をついた。そして言う。
「成立した以上、アリなんだろうよ。
通常のサーバールームは、物理的制約がきつくて部外者は決して入れない。普通なら、職員ですら入れないんだからな。だからパスワード一覧が貼り出してあったって、ほぼ問題はない。だが、ここは違う。部外者ですら勤務時間には入れるからな。
あの秘書、お前のところに来るたびに、判で押したように必ず同じ位置に座るんでどうにも気になっていた。で、その位置に座って、オペラグラスで見てみたら、疑うには十分すぎる根拠となったんだ」
マジかよ……。
そんな穴があったのか……。
「そんなの、これからどうやったら防げるんです?」
「だから、事務所の模様替えしている。
四係の島の作りも変える。
他の係の島も、配置換えをする予定だ。
その上で、更新世ベース基地のデータベース端末自体は、相変わらず事務所の真ん中で衆人環視だ。でも、キーボードはどこからも見えないようにする。
機器調達もこれらは考えないとだな」
「じゃあ、僕たちの机がないのは……」
「ああ、模様替えするのに、最初にいくつか机を出しておかないと効率的に室内での移動ができないからな。廊下に出しているだけだ。
ま、箱入り娘ってパズルと同じだ」
「……」
ソレ、最初に言ってくれよ……。
じゃ、さっき次長がやってきて、へらへらと笑いながら僕たちに「今まで、ごくろうさん」って声を掛けてきたのは、マジでそれだけの意味しかなかったってこと?
ってか、あのタヌキ親父、絶対わざとだろっ。
あいつ、絶対的に性格が悪いからな。
「今まで」って単語だって、「
ってか、性格が悪くないと我が社では上にはいけないんじゃないかって、僕は密かに疑っているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます