第71話 個人情報保護と虚礼廃止


「ところで、生宝氏を捕まえる時、僕たちが直接行動にでてしまいましたが、これ、法的にはマズいですよね。僕たちには逮捕権ありませんよ。

 なんで、時間管理部の人たちが出てきてくれなかったんですか?」

「出てきていたぞ。

 現に、3人目の身柄は『はずれ屋』の外で彼らが確保したしな。

 法的には、すべて、まったく問題ない」

「本当に?」

「上も了解済みだ。

 裁判でも勝てるぞ」

 どうして?

 なんで?


 だって、『はずれ屋』に来た男を……。

 あ、捕まえたのは佳苗ちゃんか。

 僕たちじゃない。

 それに、捕まえてから僕たちは、その男が江戸時代の人間ではないことに気がついた。

 ああ、そうか、「はずれ屋」での行い自体はかなりグレーではあるけれど、佳苗ちゃんの正当防衛の延長で……。

 でもって、相手がクロなのを良いことに押し切るのか。

 係長が佳苗ちゃんに頼んだの、そういう意味でなのか。さすがに抜け目がない。


 ってか、捕まえたと言えば、生宝氏、彼のことはどうなるんだ?

「生宝氏は?

 彼の場合は正当防衛は成立しないでしょう?」

「雄世、お前はなにを言っているんだ?

 私たちが、あの男の身柄を拘束したとでも言うのか?」

「はあっ!?」

 と、これは是田。たぶん、なにを言われたのか、自分の耳の性能を疑っているんだ。


「だって、是田主任がマニピュレータを操作して……」

 あまりのことに、口も利けなくなってしまった是田の代わりに僕が聞く。

「ああ、彼を救った覚えならある。

 あんな大奥に忍び込むなんて無茶をして、案の定発見されて、現時人から追い回されていたからな。

 時間改変の監督省庁の人間として、生宝氏の生命の危機を見過ごすわけにはいかなかった」

「だっ、だって、その、それは着信があったからで……」

「生宝氏の仲間のオペーレーターからの着信だよね。

 着信記録、見てみればいい。

 そういうこともある。

 素人の拘束じゃ、『はずれ屋』から逃げ出されても仕方ない」


 呆然。

 ウチの係長、前々から悪どい悪どいとは思っていたけれど、ここまでとは……。

 タチが悪いのは、すべて、物証から見たら真実だということだ。

 こんなん、いいのかよっ!?

 あ、僕たちからしたら、いいのか……。



 そこで、是田もようやく口を挟む。

「蕎麦自体の進歩については?

 これ、無許可の歴史改変になりませんか?」

「ならない」

「えっ!?」

 思わず、僕と是田の声、揃っちゃったよ。


「是田と雄世が作ったのなら問題だけどな。

 カレーうどん以外の蕎麦については、各素材はすでにあの時には存在していた。本膳料理という高度な料理をこなすおひささんに、美味くない蕎麦の改良に目を向けさせるきっかけはお前たちが作ったかもしれないが、それだけの話だ。

 改良自体は、現時人のおひささんが行ったのだからな。

 お前たち、まさかお前たち自身でなにか蕎麦の改良はしたのか?

 したのなら、それは法令違反になるし、私としても庇えないが……」

 ……え?


「事実として、俺たちに蕎麦切りの改良はできませんでした。

 俺も、雄世も料理はできません。

 疑われるのであれば、更新世ベース基地からチェックしてもらってもいいです」

 ……是田、お前、ビビったな。

 とはいえ、係長の言葉にも是田の言葉にも、なに一つ嘘はない。

 いや、まぁ、嘘はないんだけどさ……。


「なら、たとえ、蕎麦が進化したとしても、それは時空のゆらぎの結果生じた副次的範囲として、軽微変更と捉えるのが妥当だろうな。

 人道的にも問題はない案件ではあるし……」

 って、ひょっとしてコレ、係長に全部仕組まれてないか?

 性悪でも仕事はできる人だから、事態の切り分けがうまくて、パズルのピースがハマっていくような快感はあるけどな。

 

 それでも釈然としない感じは残るし、是田もそれは同じだったんだろう。

「係長は、江戸での10日間、なにをしていたんですか?

 生宝氏への対処だけだったら、相当に時間が余るでしょ?」

 そうツッコんで聞いたけれど……。

「個人情報だから、答えない」

 って、ケンモホロロかよっ。

 まぁね、男と出会い茶屋ラブホにいたなんて、言えないよな。


「じゃあ係長、係長は時間管理部の人に知り合いがいるんですか?

 で、復命書に密接に連携って書いてありましたけど、雄世の言っていた出会い茶屋で会っていたんですか?」

 と、さらに是田が聞く。

 係長の牙城をなんとしても崩したい。そして情報を得たい。

 それについては僕も同じだ。

「個人情報だから、答えない」

 やっぱり、ケンモホロロか。


「恋人ってことですか……」

「ノーコメント」

「……で、なんであの出会い茶屋だったんです?」

「眺めが良かったから」

 ちっ、実質なんの情報も引き出せねーな。


 昔の公務員同士は、職員名簿に住所も記載されてたから、年賀状のやり取りとかもしていてある程度身元もわかりあえていた。

 でも、今は違う。

 個人情報ということで職員名簿には名前しか記されていないし、年賀状のやり取りすら虚礼廃止ということで無くなっている。

 だから、庶務担当でもない限りそう言った情報には触れられないから、僕は係長の私生活どころか歳すら知らない。相手が女性というだけで、セクハラ容疑をかけられるのが怖くて、この辺りも本人にはなに一つ聞けないしね。

 今の是田の「恋人ってことですか……」という質問ですら、本当はかなりヤバい。つまり、これ以上はツッコんで質問もできないってことだ。

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