第72話 こんな結末……


 僕、質問の角度を変えた。

「出会い茶屋で寝ていた佳苗ちゃんに食べ物を運んだってのは聞いています。

 これ、二重跳躍ですよね?

 いくら彼女を手懐けるためとは言え……」

「更新世ベース基地からの出前だ」

 ……二重跳躍じゃなかったのかよっ。残念。

 ……でも、なるほど。その手があったのか。

 これで確認できたこともある。


 芥子係長の恋人だか、なんか知らないけれど、密接な連携をとっている相手はやっぱり更新世ベース基地の職員なんだ。それも、予想以上の頻度で。

 だって、食事を運ぶってのは、これはこれで大変だ。

 鰻丼、天丼、親子丼、どれも冷めたらいまいちだ。しかも、一回で運び貯めておくことができないメニューでもある。

 つまり、毎食運べるほどの頻度で、更新世ベース基地の職員は係長に会っていたことになる。

 ってかさ、更新世ベース基地の社食って、レベル高そうだなぁ。



 ともかく、これでさらに謎が一つ解けた。

 生宝氏は3人で江戸に行った。

 そのうちの1人は佳苗ちゃんが取り押さえた。

 生宝氏本人は、僕たち自身でここへ連れてきた。

 残りの1人はどうしたのかってことだ。


 復命書には、2人を「はずれ屋」で取り押さえたことになっていた。

 でも、僕は、是田だってその2人目のことは知らない。

 そして、この係長の書いた復命書、本当のことも書いてないけれど、見事に嘘もなかった。

 ということは、2人目も僕たちが知らない間に、「はずれ屋」近くで更新世ベース基地の職員に捕まっていたに違いない。例えば、喧嘩でにぎやかなときとかで、ね。


 考えてみれば至極当然のことだ。

 残りの1人は、生宝氏の秘書のアフリカ系日本人だ。

 さすがに江戸で歩き回ったら、目立つことこの上ない。虚無僧とか、顔を完全に隠せる変装もありはするけど、なにかを食べるとしたら顔を出さずには済まない。正面切って店に入ってくることはできないだろう。

 その前提で網を張っていれば、捕まえるのもそう難しいことじゃないな。芥子係長だか、更新世ベース基地の職員だか、よく考えているよ。



「わかりましたよ。

 じゃあ、なんで、事前に教えてくれなかったんです?」

 僕の口調が恨めしげになるのも、仕方ないことだよね。

 10日間、僕と是田がどれほど不安だったと思っているんだ?


「事前説明させなかったのは、誰だ?」

「えっ?」

「こっちが、説明を始めようって話のきっかけにカレーうどんを出した途端、『この時代に来て、わざわざレーうどんを食いたいと言うだなんて、係長、いつもいつも、係員に対して酷すぎやしませんか?』だったな。

 時間跳躍機に、ボイスログもあるぞ。

 とても冗談と言えない口調だったな」

「ええっ?」


「で、なんだ

『係長の、人並み外れた尻の軽さのフォローのためです』だったな。

 こっちも、ボイスログは残してあるぞ。

 この2つをセットで、人事課に持っていったらなにが起きるかな?」

「……」

「女性上司に対する嫌がらせとセクハラってのは、なかなか面白い処分が下りそうじゃないか。

 なあ、是田、雄世」

 ……なんでなんで、こんな酷い後出しジャンケンに、正統性ができちゃってんの?

 そのせいで、僕たち芥子係長をイジメていることになっている。

 ここまで僕たち、酷い目に合わされているっていうのに、なぜ、誰が、世界をこんな風にしてしまったの?


「いや、あんな行った先でなく、事前に説明しておくことだってできましたよねっ!?」

 このあたり、もう、僕としても意地で問い詰めている。


「だからさ、雄世。

 事務室では、生宝氏の耳があるかもってこと、忘れたのか?」

「……あっ」

 端末には録画機能もある。そうか、ここで話していること、すべて生宝氏に筒抜けになるんだ……。



「俺たちがいなくなったあと、『はずれ屋』は、どうなるんです?

 おひささんとひろちゃんは?

 カレーうどんと蕎麦の歴史は?」

 と、今度は是田が聞く。

「『はずれ屋』なら、今でもあるぞ。

 お久とひろは、『はずれ屋』のホームページの由来のところに名前が書いてある。

 天竺蕎麦は、今では失伝した謎のメニューになっている」

「じゃあ、二人は幸せな一生だったんでしょうかねぇ」

 柄にもないな、是田のしみじみした声。


「幸せがなにを意味するかは人による。

 だが、まぁ、あの2人はいい人生だったんじゃないのかな」

 冷徹なようでいて、係長の声がちょっと湿った気がした。


「佳苗ちゃんのことは、記録に残っていないんでしょうかねぇ」

 と、これは僕。

 佳苗ちゃん、僕の膝に顔をうずめて泣いた。いろいろ事情はあったにせよ、僕には彼女の背を撫でることしかできなかった。もっとできたことはあったんじゃないかって思いに、僕の心は灼かれ続けている。

 そりゃあさ、僕になにかができるわけじゃない。でも、せめて、佳苗ちゃんには幸せになっていて欲しいって願うのはワガママだろうか。



「ああ、記録によると、あのあとすぐ、彼女は早逝したようだ」

 ごく軽く、ごくごく軽く、さらっと係長は言った。

 なのに……。

 後ろからダンプカーにはねられたって、ここまでの衝撃はなかったかもしれない。

 僕、そのまま全身が固まった。

 そして、10秒後、ぽろぽろと涙が噴き出してきた。

 なんで?

 どうして?

 あんないい娘が、どうしてなんだ?


 僕、時間跳躍機公用車駐車場に向かって走り出し、生宝氏の時間跳躍機に乗り込もうとして、是田に羽交い締めにされて止められた。

 是田を殴ってでも振り切ろうとして、僕は是田の泣顔を至近距離から見た。

 涙を流しながら、是田は首を横に振る。

 僕は、僕は……、その場で崩れ落ちて、地面を叩きながら泣いた。


 殺しても死なない、強い娘じゃなかったのかよっ?

 あれから幸せになって、ひ孫に囲まれて大往生するんじゃなかったのかよっ!?

 なんで、こんな結末なんだ……。

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