第19話 賭けには勝ったけど……


 秋の日は短い。

 でもね、15時くらいにはもうおにぎりも味噌汁も残っていなかった。

 正確にはいくつかはまだあるけど、お店のスタッフがどうしても食べたいから残しておいてくれっていうヤツだ。だからもう、完売でいい。


 佳苗ちゃんと僕、店の陰にこもって、ひたすらに銭を数えている。

 めんどくさいことに、同じ銭でも波模様があれば4文だし、無ければ1文だ。

 さらに銭の加工精度の問題から、重ねた山の高さで額を揃えることもできない。なんせ、厚さが微妙に違うのが10枚重なると、誤差が蓄積して9枚だったり11枚だったりで高さが揃うことがあるからだ。


 まあ、いくらめんどくさくても、数える銭がないことに比べたら幸せなことなんだけどね。

 で、マス目を浮き出させた木の板があって、そこに貨幣を並べてマス目が全部埋まれば100文。それをひたすら繰り返したんだ。


 そう時間はかからず、僕と佳苗ちゃん、すべての銭を数え終わった。

 計6,833文。

 思わず、佳苗ちゃんと目を見合わせて笑いが漏れたよ。


 額が半端なのは、酒手だの心付けだのがあって、それがトータルで200文を超えていたんだ。

 特に、味噌汁を飲んだ人からの心付けが多かった。ま、旨くてカルチャーショックだったんだろうね。

 で、この200文はみんなで等分割で分け合う。こういうの、励みになるし、調理とか清掃の裏方さんが貰えなかったら可哀想だからね。


 僕たちが銭を数えている間に、是田の指揮で後片付けも終わっている。

 今日は、誠にきれいな商売終わりだったと思うよ。

 米を搗いた臼をどかしたら、地面に土の黒い円が現れて、舞い上がった糠との境界がはっきり見えた。米搗く人の頑張りもわかったよ。


 で、材料費と人件費を払っても、余裕で4000文は残る。

 おひささんの旦那のお母ちゃんとの賭けに、僕たちは勝てた。

 でもさ、できればまた新潟に行って、米は買ってこよう。自分たちが食べる分まで、みんな供出しちゃったからなぁ。



 その晩、僕たちは狭い六畳一間の長屋の一室に集まっていた。

 ひろちゃんが幼いとは言え、加えて大人が6人もいると、暖房いらずの室温になるね。

 もっとも照明は行灯一つだから、お互いの顔を見るのがやっとの明るさなんだけれど。


「ということで、純益として1日にて1両を稼ぎ出しせば、おひさ様のご助力いただきたき件、なにとぞ叶えていただきたく」

 是田、そう口上を述べて、おひささんの旦那のお母ちゃんに迫る。


「わかり申しました。

 おひさのこと、なにとぞよろしくお願いいたします。

 常世の方にここまで欲されるとあれば、三国一の嫁として、送り出さぬわけには行きますまい。

 つきましては……」

 ん?

 まだなんかあるんかい?

 蕎麦の元締に使いを出して、明日か明後日からは「はずれ屋」開店と思ったんだけどな。


「僭越ながら、常世の方が再び江戸に現れし理由を、この婆にお聞かせ願えないでしょうか。

 なにか容易ならざるお仕事を命ぜられてこられたのではと、そう心配しており申します。なにかできることあらば、この婆にも助力させてくださいませ。

 常世の方を試すようなことをした婆の、せめてもの償いでございます」

 えっ、言っちゃ悪いけど、越後の年寄が江戸でなにかできるのかな?


 一瞬悩みはしたけれど、僕、考え直す。

 だって、あの腹芸で強烈なカウンターを打ってきた婆だもんな。

 なんかいい手を思いついてくれるかもしれない。

 僕、是田と目配せしあってから話しだした。


「僕たち、江戸の川の中洲にまで水道を引けと言われて江戸に来ました。

 そのための資金は江戸で稼げ、と。また、御公儀から許しを得るのもお前たちがやれと」

 しーーん。

 やっぱり言うんじゃなかったかな。

 無謀が過ぎる話だもんな。


「普請の用金はともかく……。

 御公儀に話をすることであれば、御恩を返せるやもしれませぬ」

「幕府に知り合いがいるってことですか?」

 あまりに意外な返答に、僕、驚いてしまって間抜けな確認をしてしまった。


「そもそも、御公儀に知り合いがいるなら、仕官もできるんじゃ……」

 と、これは是田。

 たしかにそのとおりだ。

 仕官が難しいのはわかる。でも、越後高田藩は松平を名乗っているし、藩主のお父ちゃんは家康の子の結城秀康の長子だし、お母ちゃんは二代将軍秀忠の三女の勝姫だ。血筋は無茶苦茶いいわけだから、公儀とも密接な関係があるだろう。

 その上で、このおひささんの旦那のお母ちゃんまでもが独自のチャンネルを持っているとしたら、これは強いはずなんだけどな。



 あ、旦那、深く深く項垂うなだれてしまった。

 自分のおへそのゴマでも取るのかってくらいだ。

 なんか深い事情でもあるんだろうか?

 旦那の口からは、到底事情は聞けないだろう。


 それを見て取ったか、そのままお母ちゃんは話し続ける。

「目太様、比古様。

 お恥ずかしき儀ながらお話しいたしましょう。

 越後高田藩のお家騒動はご存知であられましょうや?」

「たしか、家老小栗の一派が『逆意方』と呼ばれ、他の重臣たちの派が『お為方』と称してやりあったんですよね」

 と、これは僕。


「ええ、詳細は省きますが、幕府評定所の裁定では『逆意方』が正しいとされたのですが、その後今の上様が再審をなさり、『逆意方』の家老小栗には切腹が申し付けられ、藩も改易となりました」

 ああ、こういう変更って軋轢が生まれるし、尾を引くんだよなー。

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