第20話 母子の助力
「上様の再審にあたり、越後高田藩に対し再度の事情聴取が行われ、藩内でなにが起きていたかを改むるに、藩士数人の日記までが取り沙汰されることになりました。
四郎は諍いから身を置いていたため、ほぼ真っ先に白羽の矢が立ったのでございます。
しかも四郎は勘定方、その記録は細かく、なにがあったのか、なにが起きていたのか一目瞭然の資料となり、内密とは言え過分なお褒めの言葉を御公儀筋から賜ったのでございます」
あー、なるほど。
「あとは聞かなくとも想像はつきます。
越後高田藩は改易、藩主は伊予松山城内で蟄居処分でしたよね。
その責はすべて四郎殿にあったと、藩内で白眼視されたのではございませぬか」
僕はそう口を挟む。
「ご明察」
やっぱり……。
そろばん侍とバカにされるってのはある話だけど、それがここまで露骨なことになった理由ってのがわかったよ。
しかも、この場合のそろばんは二重の意味があるよな。
感情の捌け口としても、四郎さんはスケープゴートになったんだ。
でもって、つくづく思うけど……。
武士とか、侍って生き方がキツすぎるよな。
お役目であって、四郎さんにはなんの落ち度もない。
でも、周囲の人としては、素直に四郎さんに接することはできないだろう。
かといって、その周囲の白眼視に負けたら、実際に負い目を感じるようなことをしたとされてしまう。
仕官はできないとわかっていたとしても、忠義に偽りはなく、天地神明に誓って恥じるところはないってことを態度で示さないわけには行かないんだ。
きっと、針の筵なんてもんじゃない。その中で、意地だけで自分を支えているんだろうなぁ。今までの旦那の態度、ようやく理解ができたよ。
ここまで追い込まれているから、おひささんを軟禁するまで暴走するわけだ。
でもって、おひささんからすれば、確実に仕官できないのがわかっているのに、娘を死の淵まで飢えさせることはできないって思ったんだろうね。
おまけに、越後高田でひろちゃんが歩けるようになるまで生活していたんだ。さぞや、辛かったに違いない。その経験も、旧藩を見限らせる理由になったのだろう。
どうも前々から、旦那とおひささんの仕官に対する温度差は感じていたんだけど、こういう事情だったのか。
こういう繋がりだと、四郎さんの日記を読んだ幕府の改方の人を頼ることはできないだろう。仕官の口利きを頼んだりしたら、それこそ裏切り者扱いされて、下手したらかつての同輩から斬られるもんな。「殿を貶めた挙げ句、おのれは忠を忘れ、幕府役人にすり寄って安寧を得んとするか」ってね。
これじゃ、とことん立つ瀬がないなぁ。
「とはいえ、今回の目太様と比古様のお話は、そのような小さなことではございませぬ。
江戸の民のための義でございましょう。
四郎、そなたはどう考えやる?」
「私めは常世が神界なのか魔界なのかも、まったくわかってはおりませぬ。
とはいえ、瞬時にこの国のどこへでも跳ぶ力といい、1日に1両を稼ぎ出す智恵といい、常人とは思えぬことを目の当たりにいたしました。
こうなると、ひさを留め置きこと、それも正しかったのか今となってはわかりませぬ」
お、これは僕たちにとっていい流れかな。
おひささんを出勤させてくれることについて、旦那が思ったことを話してくれているわけだからね。
「ただ……」
と旦那は続ける。
「武士の意地として、何ら恥じることなき姿を家中の同輩に見せねばならぬと思うておりましたが……。
今は御公儀の方と話すことで、その同輩から斬られても良いかと思うておりまする。それこそ民のために働くは、天地神明に誓ってやましいことなどございませぬからな。
ひろはひさが育ててくれましょうし、常世の方の『はずれ屋』のおかげで後顧の憂いはありませぬ」
「そうよ、そこまで思い切れば、逆に浮かぶ瀬もあろうか」
「はい、母上。
今やこの胸の内、晴るる思いにて」
うう。聞いていて心が痛い。
是田も、視線が上向いたり下向いたりしている。相当に動揺しているんだ。
この母子、常世の人を極めて優秀で、善意に満ちたボランティアみたいに考えているよね。
でも実際には僕たち、外見ウシガエル、中身は悪狸の次長の思いつきでここにいるんだ。なんか、すごーーーーく不当なんだけど、僕、この母子に申し訳がなくて謝らないといけない気がしてきちゃったよ。僕も是田も、まったくなにも悪くないと言うのにさ。
おひささん、口には出さないけれど、ここまでくると却って不安そうだ。
おひささんは、僕と是田のやりとりをよく聞いていたからね。僕たちの本性を知っているからこそ常世の人を信じられないんだろう。って、自分で想像したことなのになんかやたら悔しいぞ。
それにもう一つ。
おひささんからしてみれば旦那の変化はベクトルが変わっただけで、その本質はなにも変わっていないんだろうな。つまり、走る方向が変わっただけで、崖から落ちるまで走ることに変わりはないってことだ。
そして走るのは僕たちに向かって。
これは不安になるよね。
うん、とってもよくわかるよ。僕たち自身のことはよく知っているから。
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