第65話 「はずれ屋」を支える柱


 仙吉っつぁんの話はわかった。

 でも是田、さらに釘を刺す。

「1つ頼みがある。

 俺たちがまたここに来るときは、発注のときだ。

 そのときになって、やっぱり難しいとか、そういうのはゴメンだ。

 さらに、仕上がった水槽船に実際に水を入れたら思うように動かなかったとか、そうなったら損害賠償請求するぜ。

 逆にだが……。

 目的と動きの意味は話した。この竹筒よりいい動きをするなら、酒手をはずもう。

 だから、間違いなく動くように、考えてくれるかい。

 その考え賃に、1分置いていくからさ。隣近所と美味いものでも食いながら考えといて欲しい。あと、上野広小路『はずれ屋』に来てくれたら歓迎するぜ」

 是田、念には念を入れて、そう宿題を出したんだ。


「言われんでも、まっとうに動くようにすらい。

 それより、そこまで言うなら、この竹細工置いてってくんねぇか?

 繰り返し見たいし、おいらなりに考えてみたいからな」

「いいですよ。

 よろしくお願いします」

 僕、そう言って腰を浮かせた。

 是田は財布から1分を出して、仙吉っつぁんに渡す。

 それを受け取るとき、仙吉っつぁんの顔が変わった気がした。

 おそらく、果てしもなく重く感じたんだろう。1分は1000文だから、それなりの大金だもんね。


 仙吉っつぁん、一分金を額に押し当て、しまい込む。

「さあ、お帰りくだせぇ。

 今は忙しい。受けている仕事をすべてキリつけて、きれいな体でお待ちいたさせていただくためにも」

「よろしく頼まぁ」

 僕と是田、口々に言って、背を向ける。




 さて、僕たちの課題は一つ増えた。

 牧野様接待に加え、もっとお金を稼がないとだ。

 水槽船の値段が倍だからね。


 現状、「はずれ屋」の売上のうちの僕たちの取り分、それからフルーツの売上が僕たちの自由になるお金だ。1両2分は確実にあるけれど、それしかないとも言える。

 で、今回、江戸に来てからの出費が激しい。ろくに貯金できていないから、400両もの大金を稼ぐだけで1年は掛かってしまう。

 テンポよく動くためには、お金が必要なんだ。



「はずれ屋」に戻ると、相変わらずの繁盛ぶりがありがたい。いや、むしろいつもより客は多いくらいだ。

 僕たちは店主の仕事に戻って、お客さんたちの間を泳ぐ。

 明日こそは、またなにかフルーツかなんかを仕入れてこなきゃだ。これから寒くなるし、いっそフルーツ以外のなんかを充実させようか。

 正月も近くなるしね。なにか濡れ手に粟の商機があるかもしれない。


「おう、また危ない目にあったんだって?」

「これは棟梁。

 いや、死ぬかと思った……」

「斬られかけた侍をかばって、刀の下に身を投げだしたって、評判じゃねーか。見ていたヤツも多かったから、今日だっていつもより客が多めだ。

 男だねぇ」

 

 ええーっ、そんな話になっているの!?

 増えた客は、僕たちの見物目当てなの?

「無我夢中だっただけで、男気なんかこれっぽちもねぇですよ。

 今だって思いだしたらチビりそうだ」

 僕がそう応じると、棟梁は笑った。

「ここんところ忙しげだが、今度はなにを考えているんだい」

 そう問われて僕、手短に水道の話をする。

 隠すことでもないし、そのうちに江戸の豪商を回って寄付金集めもしたいからだ。


「なるほど。

 で、その水を揚げる船を寄進しようってか。

 それで、ミカンなんか売り出したのか。

 すげぇな、アンタ。

 でもそれじゃ、ずいぶんと物入りだろ?」

「いくら稼いでも、右から左でさ」

 いつの間にか僕の横に立っていた是田がそう答える。

 棟梁の下にいる若い衆も、僕たちの話に耳をそばだてている。


「今の話だと、お上のお役人に飯を食わせるんだって?」

 棟梁が不意に声を低めた。

「ええ、お礼をせねばなりませんから」

「その料理、その1回限りかい?」

 はて、どういう意味だろう?

 牧野様が「再び食わせろ」って、何度もせびってくるかもしれないから用心しろってこと?


「わからねぇ顔になったな。

 あのさ、今いろいろ考えているんだろうけど、その膳が一度限りの食わせじまいじゃ勿体ねぇだろ。ここ『はずれ屋』特製の祝い膳ってことなんだから、それで商売しねぇのかってことだ」

「そんなことできるんですか?」

 どういうこった?

 棟梁の言うことが今ひとつわからない。


「大工仕事は祝儀と切り離せねぇ。

 大店おおだなの新築ともなれば、お披露目兼ねて大騒ぎになる。

 そんときの膳を、『はずれ屋』の他にはない膳を出すってことで仕事で受けたら、今考えているその献立とやらが次から次へと金を生むことになるぜ。

 最初の数軒はうちで声かけてやるよ。

 そうしたらあとは、黙っていても依頼が来るようになる。

 こういう祝いのときだから、値切られることもねぇし、さらに祝儀も望める。

 1つの祝いの席で100両は動くだろうし、今は景気もいい。

 どうだい、やるかい?」

 つまり、出張料理というか、仕出しを「はずれ屋」の経営を支えるもう1つの柱にするってことだな。


 これはいい。

 たしかに儲かりそうだ。

 問題は、おひささんの身体が1つしかないこと。

 おひささんが過労で倒れちゃったら、この「はずれ屋」はおしまいだからね。

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