第66話 外食産業


 とりあえず、僕たちは棟梁にお礼を言って、明日また来てくれるときに返事をするということにしてもらった。

 ありがたい話なんだけれど、おひささんがオーバーワークにならないようにしないといけないし、そのための手段が考えつかなければ、棟梁の好意の提案は諦めるしかない。


 忙しい中、是田とちらちらと会話を交わして相談する。

 真っ先に考えられたのは……。

「店の女の子か水汲み部隊から数名引き抜いて、おひささんの弟子にしたらどうだろう?」

 と、これは是田の案。


 即時に僕、その案を却下した。

 僕だってその案を最初に考えたんだけど、諦めたんだ。

「その弟子が、おひささんの腕になるまで何年かかりますかね?

 その間、待っていられないし、おひささんへの負担でしょ。

 それに、おひささんの長年に渡って鍛えられた感覚を、コピーできる才能がある人が弟子になっていなかったら、すべてが無駄になりかねないでしょ?」

「ぐむむ」

 ほら、反論できない。


「腕っこきを、どこからかスカウトしてくる」

 と、これは僕の案。

「却下。

『はずれ屋』のレシピは、ほとんどオリジナルだ。外部から連れてきたその腕っこきが、対応できるかわからない。変に我流を出されたら、せっかく100年先を行っている『はずれ屋』の味が後退しかねない。

 それに、おひささんは俺たちが常世から来たということに対して、いちいち詮索してこない。だけど、新しく呼んだチーフが、おひささんと同じ対応をしてくれるとは俺には信じられない」

「ぐむむむむ」

 くそ、反論できない。

 江戸っ子ってのは物見高いし。


「おひささんに一日置きに……」

「却下」

「ぐむむむむむむむ。

 まあ、そうだろうな」

 わかっているなら言うなよ、是田。


 おひささんに負担をかけるにしても、数日で収めたい。

 1年も2年も甘えるわけにはいかない。

 僕たちがお願いすれば、おひささんは嫌とは言わない。そうは思うけれど、代わりにおひささんが過労死しちゃうかもしれない。それじゃ、意味がないんだ。


「大量調理ってのは特殊技能なだけに、バイトを雇うようなわけには行かないよなぁ……」

「今なんと言った、雄世!?」

「僕たちの時間の外食産業みたいに、バイトにさせるのは無理だ、と」

「おい、そこまで思いついたら、なんで俺たちの時代では大丈夫なのか、考えないのかよ?」

 あん?

 そんなの決まっているだろーが。


「マニュアル化と、調理器具の高度化、コレに尽きるでしょ。

 ここにはタイマーなんてないんだし、温度設定して恒温化できるような機械もない。だから、お湯に入れて何分とか、マニュアル化できないでしょ」

「江戸にはゼンマイ時計があるぞ。

 1日計るのには誤差もあるだろうけど、1分2分計るのにそこまで誤差があるとは思えない」

「温度は……、って、沸騰したお湯で100℃固定でいいのか……」

 あれっ。

 マニュアル化できるんじゃないのか、もしかして。


「おひささんの仕事を、1人のバイトに任せるのは無理だ。

 あの佳苗ちゃんですらできなかったんだ。

 当然、俺たちだってできないだろう。

 でも、蕎麦を茹でるだけ、茹だった蕎麦を晒すだけ、具を切って蕎麦の上に盛り付けるだけと、おひささんの仕事を3人に振り分けたらどうだろう?

 乗せる具の調理自体はおひささんに頼まざるをえないけれど、それでも営業時間中の拘束がなくなれば……」

 うんうん、それなら……。


「うん、それは可能かもですね。

 それにその3人で上手く行かなかったら、今度は4人に振り分けて分業を要素化、細分化すれば……」

「そうだ。

 それが、俺たちの時間の外食産業が、バイトに任せるために作り上げたシステムなんだろう。

 トータルに全体を見てこなす料理人ではなく、特化したその作業だけの人間ならば、2日くらいみっしり練習するだけで作れる。

 そこには手際も、先を読んで行動も、おひささんが1人でこなしている技と経験も必要ない」

「おおう、それならば、バイトだけで営業ができます!」

 思わず、僕、そう声を上げてしまったよ。


「その1人1人に、おひささんと同額の人件費を出す必要はないし、そこにかかる経費は許容できるんじゃないか?」

「はい、それだけでなく、『はずれ屋』のレシピの全体をどう通して習得させるかで、支店も作れますね」

「ふっふっふ、チェーン店の社長か、俺たち?

 株式上場を目指して……」

 バカなこと言っているな、是田。

 うん、気持ちはとってもよくわかる。一瞬僕も、思いっきり喜んでしまったけれど……。


「まぁ、江戸では知的所有権とかの概念もありませんから、そううまくは行かないとは思いますけどね。

 欲張ると、ノウハウをみんな盗まれて終わります。バイトが3人寄れば開店できるってことになりかねませんから。

 なんたって、良くも悪くも、日本では技は盗めって伝統ですからね」

 僕たちの時間で、大抵のラーメン屋が大きくなれないことを、僕は思い出していたんだ。

 支店ができても、ある程度まで行くとその支店が独立しちゃうんだよね。結局、働く人が、「いつかは独立したい」と考えて修業に入るんだろうから、引き止め続けるのは無理なんだろう。

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