第38話 スパイス探索


「ターメリックだ。

 黄色い粉で、なんでもかんでも黄色くしちまうやつだ。

 たしかウコン……」

 是田の説明は乱暴だ。

 だけど、手代さんはこれでわかったらしい。


鬱金ウコンでございますね。

 ご用意できますよ。

 あとはげっけ……」

「月桂樹の葉だ。

 ……こういう形の葉っぱで」

 と僕、空に指で葉の形を描く。


「固くて、つやつやした感じなんだ。

 乾いても、くちゃくちゃになっちゃわないでピンとしているんだ」

 僕、さらにそう補足した。

 これで、手代さん、悩みながらも引き出しの一つを持ってきてくれた。


「これでございましょうか。

 これは舶来のクスノキの葉で、少しお高こうございますよ」

 おお、これだこれ。

 これがカレーに入っていたんだ。

 案外、薬種というものは幅広く輸入されているらしい。

 欲を言えば、もう少し僕か是田が調理経験があって、料理に入る前の姿を知っていればより間違いないってわかるんだけどね。


「あとは、しなもん? とは、どのようなものでございましょうか?」

「甘い香りが強くて、こう、巻いてある木の皮みたいなもんだ」

「……ひょっとして肉桂ニッケイでございましょうかねぇ」

「そういえば、ニッキとか言わなかったか?

 八つ橋に入っていたはずだ」

 是田が横から口を出す。


「その八つ橋とやらは存じ上げませんが、ニッキならば肉桂でまちがいございませんね」

 えっ、八つ橋を知らないのか。

 それとも、あれって案外歴史が浅いのかな?

 京菓子だから、平安時代からあるもんだと思ってたけど……。

 まぁ、どれほど学んでも、こうやっていつも足元は掬われるんだ。


「最後は、麦のような粒でございますね。

 大きい粒というのは、これかもしれません」

 手代さんがさらに別の引き出しを抜いて持ってきた。


 うん、すばらしい。

 これも見覚えがある。

 僕が鷹揚に頷くと、是田が「さすがだねぇ、手代さん」と持ち上げる。

小豆蔲ショウズクでよろしいので?

 白豆蔲ビャクズクもございますが?」

 そう言われても、僕にはなんのことかわからない。

 少なくとも、これは見た覚えがあるカルダモンだから、いいことにしてしまえ。


「では、次は小さい麦粒でございますね。

 これはいかがでございましょうか?」

 手代さんが引き出しを3つも持ってくる。


 それを見て、僕、はたと困った。

 僕には、どれも区別がつかない。

 そんな僕の顔を見て、手代さんは説明してくれた。

「{茴香ウイキョウ馬芹ウマゼリ姫茴香ヒメウイキョウございます」

 って、言われたってわからねーよっ。

 平均的に見て、ちっとばかり大きさが違うだけじゃねーか。あくまで平均的だから、大小逆転している粒もあるし。


 僕、なんとなく是田の顔を見る。

 救いを求めたんだ

「悪いけど、一粒ずつ噛ませてもらえないか?」

 それを受けて、是田、上手く気を利かせてくれた。


 是田のリクエストに手代さん、番頭さんの方をちらっと窺ってから、その背中で番頭さんの視線を封じた。

「さ、お早く」

「ありがてぇ」

 僕は一粒ずつ摘み上げて、奥歯で噛み潰す。


 びっくりした。

 見た目、大して変わらないのに、噛み潰した時の香りはあまりに違う。

 大枠では一つの香りになるとは思うんだけど、それでも明確に差がわかる。クセの強弱、香りの素直さ甘さ、そんな言い方でいいのかわからないけれど、ともかく全然違ったんだ。


「馬芹だぁ、これだ」

 僕、図らずも嬉々とした声を上げてしまったよ。

 うん、砂糖がまぶしてあったやつの香りだ。もう、記憶にぴったりだ。「400年も時を隔てているのに」って考えたら、不思議ですらある。

「ようございました」

 手代さんも、なんか嬉しそう。

 もちろん、是田だって嬉しいだろう。


 これで、カレーの香辛料、思い出せた分は揃っちまったじゃないか。

 あとは、適当の混ぜ混ぜすれば……。


「すまねぇ、あとこいつらを粉にしたいんだけど」

 と、当然の思いつきを僕は口走る。

「薬研であれば、お売りできるのがございますよ」

 手代さんの言葉に、僕、反射的に言っしまう。

「おおう、それも頼みますっ」

「待てや!!

 中古があれば、それでお願いしたいので……」

 是田が、そう割り込む。

 

 その言い方だと、僕が若旦那だっていう設定だってのがバレるって。

 どこまでも、僕を持ち上げていればいいんだよっ。


 とは言え、まあ、僕たちお金がないんだった。

「相変わらずのおっちょこちょいの失言男め……」

 なんて是田がぶつくさ言っているのを無視して、僕、お金を払う。

 薬研も中古があってよかったよ。値段も新品の半額で済んだ。

 これで、明日はカレー作りに専念できるってもんだ。僕、これでもう、カレーうどんは完成できたと信じて疑わなかったよ。

 あとから考えれば、料理も全然できないのに、よくもまぁ楽天的になれていたもんだったけど。


 ともあれ、薬種は高かった。薬研を含んだ総額は、結構な値段になった。

 3分と2朱。

 これで残金たったの500文。

 盛大に使い切った。これで、明日は蕎麦とうどんの試作を食べればいいとして、明後日の商売に失敗したら、僕たちはいきなりアウトだ。


 しかも、道々、担いだ薬研が重い。鉄の塊だもんな。

 おかげで、財布は軽くなってしまったというのに、僕たちの足取りはより重いよ。

 でも、ま、必要経費だ。

 カレーの香りには抗い難いものがあるんだ。

 だから、この商売、絶対成功するぞっ。

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