第16話 佳苗ちゃんの身の上話


 落ち着いて見てみれば、佳苗ちゃんというこの娘、なかなかに可愛い。まぁ、女性として綺麗という感じではないんだけれど、これは時代の差だから仕方ない。なんせ、中学生くらいにしか見えない。

 さすがに、彼女がいたことのない僕にとっても守備範囲外だ。


 まぁ、実際には15、16歳くらいにはなっているだろう。この時代の人たちは、それだけ小柄だということだ。145cmくらいが平均だから、150cmあったらもう大女扱いだからね。

 僕と是田だって、自分の時代じゃ決して大きい方じゃなかったけど、この時代だと相撲取りと間違えられるほど大柄な方になっちまう。

 

 そんな娘が、三杯飯食って、すぐそのあとに証文抱きしめて泣くんだから、よっぽどに必死だったんだろう。

 この時代の人間が早熟だとしても、まだまだJK程度の歳だもんね。余裕なんてあるはずがない。本当にいっぱいいっぱいだったんだろうなぁ。

 飯だって、今食っとかないと死ぬ、って切羽詰まってたからこその三杯飯なんだろうし。

 ううむ、とはいえ明日別れる際に餞別をあげられるほど、僕たちにも余裕はないんだけれど。


「……おっ母さんでも病気になったかい?」

 と、是田が誘導質問をする。

 これで身の上話ってのは、案外しにくいものだからね。この問いが当たっていようが外れていようが、答えながら話せるようになるだろうさ。

 許認可業務をやっていると相手の事情を聞く機会が増えるし、水の向け方で思わぬ情報が得られることもある。

 だから、こういうのには慣れている。


 どちらにせよ、借金で首が回らないほどになるって、たぶんイレギュラーなことが起きたからだってのは想像に難くない。佳苗ちゃんの歳なら、親が老人なんてこともないだろうし。

 ま、保険なんてない時代だから、なんかあると一気に持っていかれるんだよね。


「母は、私を生んですぐに身罷りました。

 此度は、父が亡くなりまして、その葬儀のために……」

 そう言って、佳苗ちゃん、あらためて涙を流す。

「そうか。

 天涯孤独か。

 で、父親を送ってから、そのまま女衒と江戸に出たのかい?」

「品川の外れでございますから、江戸に出るというほどの距離ではございませんでしたが……。

 だというのに、吉原とは真逆の方にあの女衒が足を運びましたので、逃げ出してしまいました」

 ……なるほど。

 わかる気がする。さぞや怖かっただろう。


 女衒も、あれはあれで弱みがあったんだな。

 これじゃ、せいぜい口入れ屋の仕事だ。買ったの売ったの、啖呵を切れるほどのことしていない。

 そのくせ、この娘の処女だけはいただこうっていうんだから、図々しい野郎だ。

 まぁ、どんな時代にもいる手合いではある。


 まぁ、僕も少しは図々しさを見習えれば、彼女ができるのかもしれない。

 って、いけねぇ、いけねぇ。


 ともかく、佳苗ちゃんの親父さんも、仕官の道を探すなら江戸からそうは離れられないだろう。でも、品川あたりなら、江戸の真ん中よりはよほどに暮らしやすかったはずだ。やっぱり都心は生活費が高く付く。


「じゃ、品川へぇんな」

 是田が声をかける。

 うん、品川なら、旅費も要らない。

 明日の朝、宿で握り飯でも包んでもらえば、自力で帰れるだろうさ。


「しばらくは、無理でございます」

「なんでよ?」

「あの女衒、おそらくは報復しかえしに……」

 あ、まぁ、確かにありそうな話ではある。

「さっきので2両儲かったんだから、それはそれで良かった」なんてことは考えないやからだ。

 むしろ、次は5両をせびって来るだろう。

 

 でもって、この娘、案外箱入り娘だったのかな。

 言葉があまり柔らかくならないな。



「じゃ、どうするよ?」

「逆にお訊ねいたします。

 比古様と、目太様は、勘当されたとおっしゃっておりましたね。

 それは、どのような……」

「あー、実はそれは口実で……」

 くっそ、なんか、あらためて腹立ってきた。

 あの芥子係長モルヒネが僕たちを置き去りにしたから、今、僕たちはこんなことになっているんだ。


「実は、船で国に帰る予定だったんだが、手違いで置いていかれてな。

 船代払っちまったあとは、国に帰るだけと思っていたから先立つ物もない。

 数日暮らすにゃ困らないけど、歩いて旅してたどり着くには厳しいんだよ」

 うん、是田、もっともらしいこと言うねぇ。

 でも、言い得て妙ってくらい、そのまんま僕たちの今の状況だ。


「それは……。

 そのような中で、7両という大金を私めのために使われてしまったというのは……。なんということを……」

「えっ、まぁ、そういうことで、より行き詰まった一面は否定できないけど……」

「なんということを……」

「今さら、そんなことを言っても始まらねぇよ」

 僕と是田、交互に返事をする。


「それでは、私め、吉原に……」

「だから、それだと元も子もねーだろっ」

 ここだけは、是田と僕、声が揃ってしまった。



「とはいえ……」

 なおも佳苗ちゃん、言いつのる。

「だから、いいんだよ、今更さ。

 佳苗ちゃんを売った金で飯なんか食えないし。

 助けを求めようと思った相手は悪人だったし、もう僕たちこのままだと餓死確定だ。

 それよりも、別の方から考えられないかな。

 僕と目太は、江戸は詳しくないんだ。

 だから聞くんだけど、佳苗ちゃん、僕たち、なんか商売でも始められないかな」

 口からそう出してしまってから、「これって案外いい手かも」って僕は思っていた。

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