第4話 体育が得意な人が冷たいわけ
「ここは何年?」
僕は是田に聞く。
設定は係長任せだったからね。是田が時間跳躍実行ボタンしか押してなかったのは見ていた。
着いたのは江戸郊外。
ま、ぶっちゃけ、江戸に跳ぶ時はいつもおんなじ場所で、同じ時間帯の夕方。
江戸時代を通しての安心できる時間跳躍先のポイントってのは、どうしても限られてしまうからなんだけど、跳ぶたびに既視感が強くて、それぞれの仕事の記憶がごっちゃになっちゃいそうだ。
「1687年、貞享4年、生類憐れみの令が出た年だ」
「よかった……」
「まぁ、また『はずれ屋』の面々に会えるってのはあるな。
みんな元気ならいいけれど」
「少なくとも、寝る場所があればありがたい」
是田とそんな話をして、僕、時間跳躍機を降りる。
是田もパネルを操作してから降りてきて端末を操作すると、目の前から時間跳躍機が消えていった。
これで静止衛星軌道待機となる。
まぁ、前回に比べたら、ものすごーーーくマシではある。
すぐに帰れはしないけれど時間跳躍機はあるし、情報端末だってある。もっとも、2週間くらいしか充電は持たないから、どこかで時間跳躍機を降ろして再充電しないとだけど。
そして、ここに
前回は、ただただ心細かったからね。
歩きだしてすぐ、それこそ疲れるほど歩くこともなく、江戸の賑わいの中に僕たちはいた。
晩秋の夕暮れの、江戸の町は美しかった。
あちこちから火打ち石の音が聞こえる。そして、着火剤の硫黄の付いた付け木の燃える匂い。
高輝度LEDに慣れた僕たちの目には、ぼちぼちと点けられ始めた菜種油の行灯、ハゼノキの蝋燭は暗い。
だけど、その暗さが風情であることもまた間違いないところだ。
でも、いくら炎による照明が魅力的だからって、見とれていたら危ない。
さっさと上野広小路までたどり着かないと、町木戸が閉まってしまう。そうなったら、名乗ることもできない僕たちは、怪しい奴ということになってしまい、そのあとのことは想像もしたくない。
だから、それまでに飯のアテも付けておかなきゃならない。金もないのに。
どーせこの時間になっていれば、『はずれ屋』の蕎麦うどんは売り切れているからだ。
って、金に関しては、前回より遥かに厳しい。
2人で持っている所持金は、小粒4枚。たった一両相当だ。前はこの10倍はあったって言うのにさ。
これさえも、あの
正直、あんまり恩義は感じないけれどな。
てくてくと歩き続けて、鉄道があった時代の京浜東北線沿いを北上する。
元は埋立地だったところなんかもあるから、道は平らだ。そういう意味では楽。
そして、この半年、鍛えていたのが効いている。僕は歩いていて屁でもないけれど、是田はなんとなくお疲れ気味。
ま、1日働いて、そのあとにそのまま江戸に放り出されたんだもんな。
今から考えると、和装に着替えるときに、夕食くらいは時間跳躍前に食べさせて欲しかったなぁ。
とはいえ、飯のアテも付けておかなきゃならないなんて考えもしたけれど、だからって、自分たちの店へ行く前にどこかで食べちゃう気にもなれなかったよ。
だって、おひささんが作るものの方が絶対美味しいからね。
だから僕、より急ぎ足になった。
視界の先に、こんもりとした丘が近づいてきた。
とっても、それこそとても見覚えがある丘だ。
上野が近いんだ。
我知らず、足の運びが速くなる。
みんなに会いたいんだよ。
あんな、目付きの悪い女盗賊みたいになっちゃう前の佳苗ちゃんに。そして、おひささん、ひろちゃんに。
幼児の1年は大きい。ひろちゃん、きっと背が伸びているだろうなぁ。
それこそ、小走りになって、上野広小路。
後ろから「ぜえぜえ」と「ひいひい」の中間の喘ぎ声が聞こえるけど、無視。
それを聞きながら、「ああ、こういうことなのか……」って思った。
体育の得意な人が、苦手な人に対して冷たい理由っての、自分が強い方の立場になって、初めてわかった。
「上野にたどり着く」という目的で歩き出したのは、僕も是田も変わらない。
ただそれだけなんだ。
でも是田からしてみたら、目的が「上野にたどり着く」から「雄世に追いつく」になっている。これは決して果たされない目的だから、ひたすら辛い。
で、僕の目的は当初から変わっていないから、「是田を待つ」という選択は視野に入りにくい。それどころか、「最初の目的が達成できないじゃん」って思えば、是田のことを足手纏いにしか感じない。
別に、そこに悪意はない。僕に悪意はないけれど、是田からしてみたら悪意を感じる構図だ。
両方の立場を知ることで、それぞれを理解できたよ……。
と言っても、僕の強さなんて、せいぜい是田よりマシって程度なんだけど。
そして、ついに着いたぞ、上野広小路。
だいぶ暗くなりつつあって、それでもまだ視界が遮られるほどじゃない。僕は一気に走り出した。
是田のことは気にならなかったってわけじゃないよ。
でも、1秒でも早く、みんなに会いたかったんだ。
さあ、僕は僕たちの店に戻ってきたからなっ。
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