第3話 これはもう、追放……


 呆然としている僕と是田を放り出して、次長と係長の話は進んでいく。

「自主研だし、業務じゃないからいつ始めてもらってもいいわけだ。

 そうすれば、是田くんと雄世くん、今日からだって江戸に行けるでしょ?

 係長、それでもよくはないか?」

「じゃあ、自主研参加の書類、私が書いておきますよ。そうすれば、この2人も心配なく江戸に行けるでしょう。

 さすがは次長、上に行く人はフットワークが違いますねぇ。

 見習わなきゃっ♡」

「いやいや、キャリアの芥子係長に言わたら、オレ、どういう顔していいかわからないよ。

 はっはっはっ」

「そんなの関係ないですよ。

 笑えばいいんじゃないですか。

 ふっふっふっ」


 てっ、てめーら、いつか絶対殺してやるからなっ!

 覚えておけよっ!




 結局その日、仕事が終わると僕と是田は時間跳躍機公用車駐車場にいた。

 いたくていたわけじゃない。

 それどころか、さっきまで事務机に張り付いて、目を皿のようにして「時間整備改善法」、「時間整備改善法施行令」、「時間整備改善法施行規則」と「時間整備改善にともなう人道的判断に関するガイドライン」までの4段表を必死で読んでいたんだ。

 でも、どう読んでも時間貿易ができるという抜け道はない。


 失われた文化財なら、なんとかワンチャン時間輸送ができるけれど、そういうのはいくら価値が高くても逆に価値が高すぎるから運んだってお金にならない。

 僕たちまっとうな公務員で、故買屋なんかにツテはないんだ。


 小金持ち程度の儲け幅の物品であれば、江戸の良いものを私物として記念に持ち帰るくらいならばできるんじゃないか。儲け幅がでかいほど目立つしな。

 なんて考えで、私的な物品の持ち込みについても過去の判例を調べたけど、やっぱりアウトだ。

 こちらのものを向こうに持っていくのは、それはもう最初っからアウトだからどうしようもない。


 せめて、法的な抜け道が見つかるまでは、事務所から出たくはなかったんだけど……。

 是田と視線を合わせる。

 是田、深々とうなだれた。

「やっぱり見つかりませんか?」

 答えがわかっている問いを僕は発する。

「雄世、お前だって毎日のように読んでいる4段表だろ?

 逃げ道がないのはわかっているよな?」

「はい……」


 ずーーーーん。

 2人で救いが見つけられない。まさか、係長の逃げ道があるってのは、嘘だったのかな。

 だとしても、担当としてそんなの重ねて聞いたら、無能を晒すようなもんだ……。この追放状態で、そんなことしたら、本当に戻ってこれなくなるよな。

 あー、ドナドナでも歌いたくなってきたよ。



 係長が時間跳躍機公用車のドアハッチを開けて降りてきた。

 そして、僕たちに声を掛ける。

「時間跳躍機、跳躍ボタンの係長権限の解除をしたぞ。

 これで自由に時間跳躍ができるからな。

 ただ……」

「ただ、なんです?」

 ずいぶんと引っかかるというか、不吉な言い方をするな、係長。


「行って半日で戻ってきてダメだったなんてのは。許されないからな。

 だから、とりあえず2ヶ月のロックを掛けといた。

 時間跳躍はできなくても空間移動は自由だから、江戸時間で2ヶ月、頑張れ。

 戻ってくるのは5分後に設定しておいたから、残業にもならないし、こちらでの明日の業務に支障はないぞ。

 心置きなく行って来い」

 酷い……。


「……休暇ってものはないんですか、俺たちには?」

 是田の絶望的な声。

「なにを言う?

 今日は水曜だからな。

 土曜日には休みじゃないか」

「そういうことじゃなくてですね……」

「なにか?(高圧)」

「……なんでもありません」

 酷すぎるよっ。


 是田は、係長の正体が佳苗ちゃんであることは知らない。だから、その絶望感は察するに余りある。

 でもって、僕はそれを知っているからって、救いがあるわけじゃない。

 係長にとっては故郷で、自分が行くにも人を行かせるのにも抵抗はないのかもしれない。

 でも僕にとっては異時間だし、この半年、佳苗ちゃんだったって知ったのが意味がないほどこき使われてきた。


 僕だってね、最初は「係長の左手の小指くらいは、もう僕のものになっているのかな」とか考えたよ。

 今は……。

 髪の毛1本分だってそうなっていないって、思い知っている。挽回できるというか、元が取れる日なんて来るのかなぁ。


 それはともかく、是田、ごめんな。隠し事していて。

 うっかりすると、一番の道化にしちゃっているかもしれない。

 許してなんて言えないよね。


「ほら」

「なんですか?」

「1両分の小粒、4つだ。

 資金前渡みたいなもんだ」

「……」

 意地でも、ありがとうとは言いたくない。

 僕も是田も、顔は思いっきり強張っている。


「さ、乗れ」

「……」

「乗らんか」

「……」

「どうした、それでも蕎麦屋の一族の末裔か?」

「意味わからん」

 そうつぶやいて、すべてに絶望した是田が操作パネルの前に座る。

 僕もそれに続いた。

 今朝の自分に戻りたい。

 絶対に今日は休暇にしたのに。


「じゃ、行って来い」

 公用車の外から、声が聞こえる。

「2ヶ月でキリがつかなかったら、木曜日からまた行ってくればいいだけだから、気にしなくていいぞ」

「人を崖から突き落としておいて、落ちたところでもう1段突き落としますか……」

 是田、そう震える唇でつぶやくと、やはり震える指で時間跳躍ボタンを押した。


 ……せめて遺書くらい、書いて残してきた方が良かったかな。

 僕、切実にそう思っていたよ。

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