第46話 薬研の使い方


「では、思い出したら、お伝えくださいませ。

 次に、生薬について、材料を見せてくださいませ」

 そう言われて僕、是田が担いできた荷物を解く。

 僕がひろちゃんを抱き上げてきたので、荷物は是田が持ってきたんだ。重い薬研を是田に押し付けられたので、僕は満足している。

 あー、そうですよ、僕は人間がチッチャイんです。


 おひささん、僕が取り出して並べた生薬を生のまま一つずつ齧り、次にお湯を沸かしている火で乾煎りして齧った。

 そして、頭の中が「?」だらけになったのが、僕にもわかった。

 こういう表情を見るのは、元締のに続いて今日2度目だからね。さすがにわかるよ。


「あの、1つずつじゃなくて、混ぜて見てください。

 その上で、配合を変えて、より良い味にする方がいいと思います」

 うん、あくまで漢方薬ではなくて、カレー粉だからね。その方が良いはずだと思うんだよ。


「では粉にして?」

「はい。

 だから、薬研も買ってあります」

「なるほど。

 そのようなものなのでございますね」

 僕、それに頷いて見せてから、周りを見回した。

 うん、やっぱり僕より料理ができない是田が、手持ち無沙汰になっているな。


「先輩、さっさと薬研でスパイスを粉にしてください」

「うるせぇな。

 なんで俺が……」

「先輩、一番なにもしていないじゃないですか。

 ほら、さっさとする」

「御世、テメエ……」

 そう言いながらも、是田、薬研の車輪を手にとって、一番大きなウコンを入れて、ごりごりと体重をかけて車輪を回しだした。


 実は是田、内心密かに薬研のことを、面白そうだと思っていたはずだ。

 だから、先輩思いの僕が、話を振ってあげたんだ。

 でも、是田の覚束ない手付きを見ていたら……。

 これは日が暮れるなぁ。

 ちっとも粉になっていない。

 車輪が往復するたびに、ウコンが砕け、小さくはなっていく。

 でも、砂みたいな状態になったら、そこからはなかなか粒が小さくならない。粉まで持っていくのは大変そうだ。

 ミルとか、僕たちの時間の電動の道具は便利なんだなぁ。


 そう思っていたら、佳苗ちゃんの声が掛かった。

「目太様、薬研の使い方が間違っております」

「えっ、こうやって車輪を往復するんじゃないの?」

「お貸しくださいませ」

 そう言われて、是田、薬研の前から離れる。

 僕は、佳苗ちゃんからひろちゃんを受け取って抱き上げる。


「こう、でございます」

 あ、そういうことか。

 是田、車輪をまっすぐ構え、左右にぶれないようにごりごり押し切るように頑張っていた。

 それに対して佳苗ちゃん、車輪を右に左に傾けて、その側面と臼の内側面をこすり合わせるようにしている。

 あー、すごい。みるみるうちに粉になっていく。

 相変わらず、正解の隣りにいる男だなー、是田。


「はい」

 と、再度、薬研の車輪を渡されて、不器用ながらも是田、スパイスを粉にしだす。

 さすがに僕も、佳苗ちゃんに「どうしてこんなこと知っているのか」とは聞かなかった。

 きっと、亡くなった父親のために、自分で薬を粉にした技だってのは想像がつくからだ。そして、それは薬代がない中でのやむをえない自作だったことも想像できる。


 佳苗ちゃんが視線を上げたとき、僕はただ無言で頷いた。

 そして、抱き上げていたひろちゃんを渡す。

 佳苗ちゃん、ちょっと涙目になった。

 うん、可哀想に。

 たまにはお墓参りに付き合ってあげたいなぁ。


 

 その間にも、おひささんはずっと蕎麦とうどんを確認していた。

 そして、なにやらうんうんと頷いている。


「おそらくは……」

「?」

「麦粉を捏ねたものを茹でると、ぬるぬるになりますね。

 おそらくは、蕎麦も似たようなものでございましょう。

 比古様の仰る、晒すというのは、それを洗い落とすのでございましょうなぁ。

 やってみたことはございませんが、相当に食感が化けるやもしれませぬ」

「えっ、冷やす意味かと思ってた……」

 思わず、僕、そうつぶやいちゃったよ。

 

「えっ、冷ますだけでよろしいのでしょうか?

 そうなると、昨夜のアレが、ごまの油で焼く前のアレができあがりますが……」

「えっ、それは勘弁して欲しいなぁ。

 わかりました。

 好きに作ってください」

 いよいよ僕、おひささんに丸投げだよ。

 やっぱり、下手なことは言わないほうが良さそうだなー。


 最後におひささん、出汁の味を見た。

「明日からは、私めが出汁をとりましょう。

 鰹節だけ届けていただければ、その方が……」

 美味しいってか?

 マジかよ。

 僕、おひささんたちに会えた、小説みたいなご都合主義な幸運に、天にも登る気になったよ。


 ただ、ここで僕、元締のところの丁稚の辛そうな顔を思い出した。

 ここで鰹節を削るなんて話になったら、あの苦労を背負わされるのは僕たちだ。これはもう、絶対確定で間違いない。

 だから、僕は逃げを打った。


「鰹節を削るのだけは、元締んとこでやってもらったほうが良くはないですか?

 ものすごーく大変と聞きますけれど?」

「指定の厚さに削っていただけるのであれば、そして削りたてを回していただけるのであれば、それで構いませぬ」

 ……助かったなぁ。

 重労働は避けたいし、なによりも怪我がおっかない。

 元締のところの丁稚には申し訳ないけど、あとでなんか旨いものでもおごってあげよう。うん、儲けられたら、だけど。

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