第45話 失言男の内省
「なるほど、わかりました。
もはや使うことなどないと思っておりました御台所頭の技、思う存分振るう機会を与えられることにつき、感謝の念に耐えませぬ。
値につきましては、30文なら30文相当のものを必ずお作りいたしましょう」
「えっ?」
なにびっくりしてんだよ、佳苗ちゃん。
さっきのどんよりは、僕の言った30文って価格が無理だって思っていたってことだろ?
「30文でございますよ?」
なんか、確認を始めたぞ、佳苗ちゃん。
「はい、そうでございます」
「本当に、30文?」
くどいぞ、佳苗ちゃん。
「30文で商売になるかが心配なのでしょう?
他の場所ならともかく、ここでなら成り立つと存じますよ。
1つ目は、ここは人が多く、余裕がお有りの方も多いだろうということ。
2つ目は、寛永寺様へのお参りは物見遊山のうちでございますから、倹約の気も緩もうというものでございます」
ああ、なるほど。
1つ目は予測できていたけど、2つ目はなるほどだよ。
「もちろん、それに準ずるだけのものをお出しする必要はございます。
質だけでなく、量もでございます。30文取って、腹八分目では済みませぬ。
本膳ならともかく、所詮は蕎麦うどんでございますから」
あ、はい。
で、本膳ってなんだ?
「慣れたものが、普段食しているものに別して美味い。これこそが、食する者に喜んで頂く秘訣でございます。
今の比古様の話、なかなかに面白うございました。
目から鱗にございます。
そこから蕎麦、うどんを30文に値するものに変えていくことは、無理な話ではございますまい」
さらにおひささん、そう続ける。
うん、なるほどなぁ。
おひささん、それだけ自分の腕にも自負があるんだろうな。
「そういえば、江戸っ子の見栄ってのがあったよね。
それで、高いからこそ食べてくれるってのは、ありなんじゃないかな。
そのあたりはどうなん?」
と、これは是田の質問。
当然のように、全員の目が佳苗ちゃんに向く。
だってさ、おひささんも江戸に来たばかりだし、僕たちだってそうだ。
品川とは言え、一番江戸に詳しいのは佳苗ちゃんのはずなんだ。
「……貧乏長屋だったゆえ、みな張れる見栄とてなく」
「……そりゃあ、ダメだ」
思わず、僕、ぽろっと口から出てしまった。
次の瞬間、ぎらって感じで、佳苗ちゃんから殺気が迸った。
「いや、あの、今の雄世のは、長屋の皆さんがダメということではなく、答えを得るのがダメだと、そういう意味で……」
是田が言うのを聞いて、僕、はじめて自分の失言に気がついて焦った。
「いや、もうホント、そのとおりで、答えがわからなくて残念だなーって、そう思っただけで、顔も知らない長屋の皆様に含むところはありません……」
「この失言大王がっ!」
「……スミマセン」
……なんてこった。
これがいけないのか。
口を動かす前に、もうちょっと考えなきゃだなぁ。
話のネタが是田ならいいけど、その他の人だと十分に気をつけないと、僕、人格を疑われちゃうならまだしも、佳苗ちゃんに殺されちゃうよ……。
「ともかく、醤油については、量が必要になりますね」
おひささんが話を変えてくれた。
僕、内心で「助かったーーっ」って歓声を上げちゃったよ。
「醤油の料理への使い方としては、出汁に味を付けるのに使い、なにかを煮るのが常道でしょう。しかし、水で晒した蕎麦をつけて食す汁となると、醤油が薄いと水臭くなって、食べていて気持ちが悪くなるでしょう。
このあたりも30文という価格が、仕入れの方向にも、醤油をふんだんに使ったというお客様からの評価にも良い方に転がるでしょう。
蕎麦になにかを乗せるというのも、面白そうでございますね。
鰹出汁とぶつからないものなら、なんでも乗せられるでしょうから、茹で菜や椎茸なんかもよろしいかもしれませぬ。
逆に、贅を尽くすにせよ、鯛の切り身などは鰹出汁とぶつかりますからよろしくないでしょう」
ほら見ろ、おひささんからしたら、簡単なことじゃねーか。
実際に作らなくても、そういうのがわかるんだよ、料理ができる人は。
って、僕たちにはできないことなんだけれど。
これについては、佳苗ちゃんだって、同罪だぞ。まぁ、多彩な食材を買えるお金もなかったんだろうけれど。
佳苗ちゃんの再反撃が怖いから、さすがに口にはできないけどね。
……あれっ。
反撃されるかもって思うと、人は口が重くなるものなのかな?
うん、そもそも是田の反撃は怖くないからなー。
係長への失言は、マジでフォローしようと思ってのものだったし。
「常世では、どのようなものを乗せていらっしゃられましたか?」
おひささんの質問に、僕は我に返った。
「油揚げと、揚げ玉と、餅……」
いざ聞かれると思いつかないなぁ。
天ぷらは、なんか天ぷら屋になっちゃいそうだし。
「鴨肉に、かまぼこに、あ、あと今おひささんが言った茹で菜や椎茸を乗せたおかめうどんってのがありました。
あとは……、玉子と……、なんだろ?」
是田も思い出せないでやんの。
日常食すぎるんだよ、蕎麦うどんは。
まぁ普段、いかに漫然と役所近くの
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