第61話 接待料理の検討


 なんか、めぐり合わせとは言え不思議な気がする。

 官官接待が禁じられて久しい、

 なのに、時を越えての官官接待。

 ま、僕たちが官の側だってのは、江戸では誰も知らないことだけど。


 で、僕たちのような許認可権を持っているって部署は、昔はたくさん接待されたのかもしれない。そして、時を跳んで過去に戻ったのに、接待する側に回るだなんてね。

 賄賂で名高い田沼意次が生まれるのだって、今からだいたい30年後だ。

 僕たちの時間では、その業績が見直されているとはいえ、その悪名は根強い。それ以前なんだから、賄賂とか接待に対する抵抗感は極めて低いしな。


 ま、無理もない。

 この時代の幕府と大名って、結構血縁関係あるし、油断のならない相手同士なのに親戚で上手くやれていた部分もある。つまり、組織間とその中にいる人間の距離感が、僕たちの時代の官同士とは大きく違うんだ。



「まずは本膳形式、これは動かせませぬ」

 と、これはおひささん。

「とは言え、こちらが町場の屋台であることは先方も承知。

 進士流からあえて外す部分をつくり、心置きなく美味いものをただ食べていただくのがよいでしょう。

 牧野様自身がご接待されるわけでもなく、出張料理なので、包丁式、式三献は省略し、すべて引替膳として、雑煮、本膳、二の膳、三の膳、硯蓋とお出しいたしましょう」

 ……そう言われたって、僕、わからないぞ。

 是田の顔も、アルカイック・スマイルが浮かんでいる。

 理解できてないだろ、やっぱり。


「儀式用の見せるためだけの料理は作らず、実際に食べていただくものだけお出ししようかと」

 おひささん、僕たちの表情を読んで説明してくれた。

 で、「見せるためだけの料理」ってなによ?

 なんと無駄な。

 そんなの、もったいないオバケが出るぞ!


「で、雑煮って、どこ風の?」

 僕、唯一わかった単語を聞いてみる。

 あれって、日本中でけっこう違う料理だったよね。

 京都の白味噌仕立てとか、関東の武士からしたら理解の外かもしれない。


「武家の雑煮で験を担ぐなら、菜と餅のみにて。武士として『持ち上げる』、と尾張では申すそうでございます。

 逆に、常世ではどのようなものでございましたか?」

 えっ。

 是田と僕、目を見合わせて困る。

 是田の故郷なんか知らない。たぶん、是田も僕の故郷を知らない。

 常世として、一本化はできないな。


 しかたない。

 雑煮は、常世でもバラエティに富んでいることにしよう。

「僕のところでは、鶏肉と青菜、ニンジンと干し椎茸でしたね」

「俺のところでは、鮭といくらが入っていたな」

 おお、是田の故郷は新潟かな? 北海道かな?


「いくらとはなんでございましょうか?」

「え……、なんておひささん、いくらを知らないの?」

「そうおっしゃられましても……。

 聞いたことがございませぬ」

 なんでよ。

 信じられないな。


「ほぐした鮭の卵です。

 塩漬けをたっぷり乗せると、赤く華やかで……」

「筋子でございますね」

 えっ、筋子って、卵の塊のことだよね?


 是田が僕の懐から情報端末を抜き取って、ぱたぱたと叩く。

「おい、雄世、いくらはロシア語だ」

「ああっ、言われてみればそうでしたね。忘れてました」

「江戸では筋子といくらの区別はなくて、全部筋子らしい」

 ……そうなんだ。

 料理に使う言葉って、時間の経緯でずいぶんと変わったんだなぁ。


「ごめん、おひささん、ほぐした筋子です」

「なるほど。

 鮭の卵は、越後でもよく食されておりました。

 接待としてお出しするのであれば、比古様の雑煮であれば雉肉雑煮、目太様の雑煮であれば鮭と筋子の雑煮と相成りましょう。相手が大名ともなれば、鶴の肉にもなりましょうけれど。

 どちらも美味で、お出しするのに問題はないと考えまする。

 さて、常世のうち、『はずれ屋』の雑煮としてお出しするのであれば、どちらにいたしましょうや」

 ……どっちでもいいけど。

 僕、そこまで雑煮に思い入れはないし。

 ただ、僕としては餅が丸いのは許せないぞ。


 って、是田の顔を見ると、僕と似たようなものかな。

 正月に1回か2回しか食べないものに、思い入れを持つ方が難しいよね。

 とは言え、江戸ではきっと大切な料理なんだろうなぁ。


 僕と是田、2人で顔を見合わせて、譲り合うでも主張し合うでもなく、無言で微妙な表情になっていたら、おひささんが提案してくれた。

「それでは、両方作りましょうか?

 食べる方に選んでもらうのも一興かと。『はずれ屋』は、いつもお客様に食べるものを選んでいただいておりますから、そのままに」

「それ、いいっ」

 思わず、僕、声を上げた。

 是田も頷いている。

 うんうん、いいぞ。


「最後の硯蓋はお土産としてお持ち帰りいただくのでございますから、甘味でもなんでも後から考えられましょう。

 まずは……。

 本膳には、なます、香の物、汁、煮物、飯。

 二の膳には、杉箱、小桶、二の汁、酒浸。

 三の膳には、刺し身、三の汁、茶碗。

 となりましょうが、季節柄、暑くないことから刺し身もお出ししやすく、良い季節でございます」

 香の物と刺し身以外、おひささんの言っていること、なにか何やらわかんないよっ!

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