第62話 接待料理の検討2


 もういいや。

 白旗。降伏。


 おひささんの言う、本膳料理のどうのこうの、まったく聞いたことのない単語ばかりで理解ができない。もしかしたら、僕たちの時間でも、接待に使われるような料亭の板前さんだったら、こういう言葉も知っているのかもしれない。

 でも、僕たちには本当にわからないんだ。

 そのそのわからない僕たちが、なんやかんや口出ししても、良いことは1つもないだろうさ。だから、お任せします。


「そうはおっしゃいますが……」

「はい?」

「蕎麦のありかたを変えたのは、目田様と比古様なのですよ」

「いいえ、それはおひささんで……」

 僕、思いっきり反論する。

 でも、おひささんの表情は動かなかった。


「ご謙遜召さるるな。

 切っ掛けをいただけなかったら、この身だけでは如何いかんともしがたく。

 なので、逆に考えたいと思いまする。

 目田様、比古様、お好きな献立をお教えくださいませ。それを三汁七菜に入れ込みましょう」

 ああ、それなら協力できるかも。


 僕と是田、顔を見も合わせて、昼休みのランチ定食とか年に2回くらいの飲み会のメニューとか思い浮かべる。だって、日常すぎるカップ麺とか、コンビニのサンドイッチとかじゃ、案として出しても、江戸じゃ最初から作れないじゃん。

 無理に作れば、時間の流れを変えちゃいかねないし。


「とんかつ……」

 是田が口火を切った。

「アジフライ……」

 と、僕が返す。

「おひささん、説明はあとでするから、アジフライ」

 と、これは是田。


 僕と是田で、美味しいものを言い合う中で、江戸で実現可能そうなものをピックアップするって考えだな。


「コロッケ!」

「鶏の唐揚げ」

「タコの唐揚げ」

「おひささん、タコの唐揚げ」

 と、今度は僕。


「……シチュー」

「カレー」

「カレーは飲み物」

「餃子っ」

「おひささん、餃子っ」


「ラーメン」

「肉じゃが」

「ベーコンエッグ」

「ピザ」

「おひささん、ピザ、ピザっ」


「ハンバーグ」

「おひささん、ハンバーグ」

「もうご勘弁を。

 無理にございます。

 いくらなんでも、生まれて初めて聞く料理名を、そこまで多数、覚えられませぬ。

 一度ご説明あるべし」

 あ、そりゃそーだ。

 ごめんなさい。


「まず、アジフライとは?」

「開いて骨をとったアジに、パン粉……。えっと、饅頭の皮を細かくちぎって、それを溶いた玉子でアジに貼り付けて油で揚げたものです。

 さくさくして、美味しいのです」

 このくらいアバウトでいいなら、僕にだって説明できる。

 ま、おひささんが興味を示す料理があったら、情報端末できちんとレシピを調べて伝えればいいや。うん、やっぱり情報、これ、大事。


「なるほど。

 さすがに常世の方、思いもよらぬものを召し上がっていらっしゃいますなぁ。

 次に、タコの唐揚げと申されましたか?」

「タコの足を大きくぶつ切りにして、粉を付けて油で揚げたるものです」

 うん、是田もこのくらいのことなら言えるんだな。

 それから近頃、是田も僕も無意識に、「です」が言葉の中に入ってしまっているから気をつけないとだな。初心忘れるべからず、だよ。あとで、言っとかなきゃだ。



「なるほど。

 常世では、揚げる調理法を多用するのですね。

 それもまた美味しそうではございますが、タコに火が入ると固くはなりませぬか?

 噛み切れないと困るかと……」

「うーん、僕が食べたときに固いとは思わなかったけど、なんか方法があるのかもだから、あとで調べますよ」

 僕、そう答える。

 料理の技法なんて、わかんないもん。さすがに唐揚げにする前に、長々と煮込んでおくなんてことはないはずだし。


「次に、餃子とは?」

「えっと、清国の料理で、小麦粉捏ねたものを薄く広げて、肉や野菜を包んで焼く……。いや、茹でるのです。一口で食べられる大きさです」

 あー、焼き餃子は日本にしかないんだったよね。

 なんにしたって、茹でるほうが油煙も上がらなくて良いと思うぞ。くりやは牧野様のところのをお借りすることになるのだから、なおのこと。

「海老なんか入っているのも美味しかったような……」

 と、是田がさらに補足する。

 海老餃子、それはうまそうだな。僕、食ったことがないぞ。



 そんな感じで、料理名を挙げてはその説明をするってのが延々続いた。

 きっと、おひささんなら、上手く着地させてくれるだろう。

 お互いに知らない概念のすり合わせってのは、難しいもんだよね。でも、ここからなにか、良いものが生まれて欲しいもんだよ。


 僕たちは最後に、おひささんに試作用の食材を買うためのお金を多めに渡した。

 ここのところ、野郎とばかり一緒に飯を食っていて、おひささんや佳苗ちゃんと一緒にいる時間が少なかったけれど、これで一気に増えるだろう。

 試作したもの、僕たちも食べなきゃ始まらないからね。

 ま、しばらくは近藤家も僕たちも、食べるものには困らないなー。


 ただ、そうは言っても、おひささんの身体が心配ではある。おひささん、昼は「はずれ屋」でフルに働いて、そのあとに試作ってことだからね。過労で倒れちゃわないように、きちんと労務管理しないとだ。

 美味しくて滋養にあるものを、試作とは別に差し入れてあげないとだなぁ。

 ただ、新潟からおばあさん連れてきたから、ひろちゃんを子守する必要がないのだけは救いかもね。

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