第12話 回収


 夜半の樹上は、殊の外冷えた。

 寒さと夜になって強くなった木々の匂いで目が覚めてしまった佳苗は、天を仰いだ。

 見慣れた星々の形があれば良いなと思っていたのだが、その期待は裏切られた。


 空気に湿り気はないのに、星は見えない。

 目を凝らすと、空の低いところには星が見える。なのに、自分の上だけが星がない。さらに天を見続けていると、星のない領域がゆっくりと広がっていくのに気がついた。

 最初は雲かと思った。でも違う。

 佳苗は夜目が効く。父に当然のように鍛えられたのだ。その目から見て、星のない領域の広がり方はあまりに可怪しかった。


 しばらく考え、佳苗は答に行きあたった。

 これは何かが降りてきているのだ。常世では空を飛ぶ機械があるということを、比古と目太は話していた。江戸の常識からは考えにくいが、おそらくそういうものなのではないか、と佳苗は思う。


 天を覆い星を隠す巨大なものに佳苗は怯えを感じたものの、ぎりぎりまではと樹上に留まっていた。暗闇の中、焦ってここから地へ降りるのは、大怪我しかねない行動だからだ。それに、この事態が佳苗を目的としたものとは、まだまだ言い切れない。

 また、そもそもだが、天から来る相手に暗闇をいくら走ろうが、逃げ切れるはずがない。つまり、ここで焦っても意味がない。


 星を隠す大きなものは、どうやら三角形らしい。

 佳苗の視界を完全に塞ぐほど降りてきて、それはいきなり眩い光を発した。

「ま、そんなことなんだろうな」

 佳苗は呟く。

 ようやくお出迎えなのだろう。

 ここは、比古と目太の常世で間違いない。


 そして……。

「佳苗ちゃん、遅くなってごめん。

 動かないで。

 これから掬い上げるから」

 比古の声ではないのか、今、森に響き渡った声は。


「おい、待て、そのモードの空間転移で取り込むと、セコイアの枝まで機内に入っちまう!」

 あ、また揉めてる。

 佳苗は目太の声まで聞こえてきたことで、果てしない安堵を覚えた。

 こんな場所で、こんな状況であっても、自分の日常が戻ってきたという気がしたのだ。



 すったもんだの比古と目太のやりとりの果て、清潔で暖かい機内に佳苗は取り込まれた。

 中には、当然のように比古と目太。

 ゆったりとした服を着ているけれど、佳苗にはそれがどのような素材のどのような形の服なのか、判断できなかった。


「良かった、見つけられたー」

「空間と時間とで、ゆらぎが生じるんだよ。

 どちらかを厳密に規定するとどちらかがゆらいでしまうんで、厳密に設定できなくてねー。

 ごめんごめん」

「それでも、設定は頑張ったんだよー。

 でもここはもう更新世ベース基地上空だから、安心していいから」

 比古と目太は、口々に佳苗に理解しきれないことを言う。


 目の前の2人に安心しながらも、佳苗はどこか違和感を覚えた。話していることがわからないだけではない。どこが違うのかと聞かれても、答えようがないほどの僅かな差。

 どうにも、その違いが自分の中で解釈しきれない。


「本当に、比古さんと目太さんで、よろしゅうございますか?」

 佳苗が思わず聞いてしまったのも、仕方ないことだった。

 だが、それに対して、比古はひどく傷ついた顔をして、呆然と呟いた。

「せっかく、筋トレ頑張ってきたのに……」


「きんとれ」というものが何かはわからない。

 だが、その単語を聞いて、佳苗にもわかってしまったことがある。

 比古も目太も、顔はまったく変わらない。でも、身体の大きさが違う。ゆったりした服越しでも、太ったと言うより、厚みが増しているのがわかる。

 これは、よほどに鍛えているに違いない。

 とはいえ、どれほどの期間鍛えたら、こうなるのか? って、そうなると、比古と目太は、いつ……?

 どう考えても可怪しい。

 江戸で別れて、まだ1日しか経っていないではないか。


「お主ら、何者だ?」

 佳苗の口調が変わった。

「狐狸の類か?

 早く尻尾を出せ。

 本物の比古様と目太様のことはよく存じておる。お主らには騙されんぞ」

 佳苗は、懐剣を抜き放つ。

 

 それに対して、比古と目太は、佳苗の予想外の行動に出た。

 その場で座り込んだので土下座でもするのかと思ったら、そのまま床にうつ伏せになった。

「抵抗しない。

 これで抵抗できない」

「佳苗ちゃんが強いのはよーーく知っている。絶対勝てないから最初から降参する。

 だから、話だけでも聞いて。

 お願いだから」

 比古と目太にそう口々に言われて、佳苗は動きを止めた。


 なかなかに情けない姿である。

 その情けない姿に江戸での2人の姿が重なる。

 ……やはり本物なのか?

 佳苗は、そう酷い納得をしかけた。

 そこへ……。


「僕たちは、佳苗ちゃんと江戸で別れてから1年後の目太と比古だ。

 本名は、雄世およ 比古志ひこし是田これだ 芽太めだだ。

 本物だという証がある。

 出してもいいかい?」

「目太さん、立っていいから自分で出せ」

 佳苗の言葉は、騙されないぞという意思を現して堅かった。


 つまり、そのなにかが仕舞ってある場所に、罠が仕掛けられているのを警戒したのだ。箱の蓋を開けた瞬間に毒針が飛ぶなど、ありがちではないか。

 また、いざという時には斬らざるをえないが、比古よりは目太の方がいくらかは佳苗の心情としては斬りやすい。


「わかった。

 い、いきなりぐさりとは来ないでくれよな」

 見るからにびくびくしながら、目太がのろのろと立ち上がった。

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