第43話 佳苗ちゃんの提案
この時代、あまりにありふれている話ではあるんだけど、あの母娘の身の上に起きたこと……。
どこぞの藩のお取り潰しの憂き目で、旦那は浪人となってしまった。しかたなく、旦那は身重の妻をおいて仕官の道を求めて江戸に出たんだそうな。
で、生まれ育った地だというのに、すでに他藩になってしまって暮らしにくい中、妻は出産し、娘が歩けるようになるまで育てた。そして、旦那の後を追って江戸に出たんだと。だれど、探しても探しても巡り会えないうちに路銀が尽きたと、そういうことらしい。
うわ、ありがちだなー。
ありがちすぎる。
で、佳苗ちゃんの提案とは……。
「目太様、比古様、そもそもお二方は、お料理をお作りになられたことがおありでしょうか?」
「あ、それはない」
おい、答え早いな、是田。
インスタントラーメン作れるって豪語していた自信はどうした?
でも、まぁ、想像はつく。
今の担ぎ屋台の装備を見て、怖気づいたんだ。
ガスはない。
水道もない。
ピーラーとか、スライサーとかの便利グッズもない。
ここでインスタントラーメンを作れと言われても、ハードルがやたらと高くて無理。
「だから、明日練習しようかと思っているんだけど……」
それでも僕、なんとか是田をフォロー。
やだなー、なんか、芥子係長に問い詰められているのを思い出すよ。
「一日の修練で、人さまにお出しできるものが作れるようになれますか?」
佳苗ちゃんの指摘は厳しい。
「……なるしかないだろう?」
是田のうめき声。
うん、炭火の管理だけでも大変そうだけど。
「さあ、そこでございます」
「そこって、どこだ?」
「そういうの、いいから」
いつもの小ネタを是田と振りあって、「真面目にやれ」って、ちょっとだけ目付きの悪くなった佳苗ちゃんに話の続きを促す。
「それならでございますが……。あの母親にお願いしてみてはいかがでしょうか?
相当に料理達者のようでございました」
「そんなこと言ったって、僕たち、お金がない。
払えないよ、時給、いや、給金を」
さすがに江戸時代に時給はないと思ったので、僕、言い直した。
「彼女は無給でいいと」
「どういうこと?」
と、これは是田だ。
うまい話には裏がある。
痛いほど経験しているからね、僕たち。うまくない話だって、裏があるんだからさ。
「そのかわり……」
「そのかわり、なによ?」
びくびくしながら、僕、佳苗ちゃんに聞く。
「まずは、蕎麦かうどんを日に3食。
目太様と比古様のお店が繁盛したら、あの方の旦那様も食べに来るかもしれない。その旦那様探しをお許しになること。
そして、旦那様が見つかったら、即、お仕事を辞めるかもしれないので、引き止めないでいただきたい。
それが条件でございます」
「うん、その条件なら願ったり叶ったりだけど、日に6食じゃなくていいの?
娘さんだって、食べるでしょ?」
僕、思わずそう確認する。
僕たちだって、芥子係長を釣り上げるのが目的のお店だ。目的が重なるって、なんか親近感を持つよね。
「母娘2人で、分け合って食べるから、と。
まだ幼い娘はそれほど食べないし、と」
そっか。
それならそれでいいけど、大盛りにしないといけないんじゃないかな。それに、日に3食素うどんか素蕎麦じゃ、栄養失調にならないかな?
これから育つって子供に、粗食させちゃいけないよね。
「いろいろが上手く行ったら、それはそれでまた考えてあげていただけませぬか?」
僕の顔色を読んだのか、佳苗ちゃんがそう言うのに僕は頷いた。
きっと、武士階級の奥さんは、誇り高い。
こっちで良かれと考えても、施しと取られたら逆効果になってしまうかもしれない。こちらから娘の分もなんて言い出すと、誇りの問題になりかねないんだ。
ま、時間をかけて、単純な善意だとわかってもらえるようになればいいだろうさ。
それになにより、少なくとも僕と是田が蕎麦やうどんを茹でるより、はるかにまともなものができるだろうから、手伝ってもらうのは悪い話じゃないな。
翌朝一番に、僕たちは蕎麦屋台の元締を再訪のため歩き出した。
人生ってわからない。
是田と僕の2人で江戸に置き去りにされたのに、佳苗ちゃんが加わり、今また母娘の2人が加わって5人になった。
こんなことって、あるんだなぁ。
願わくば、路頭に迷って母娘2人で泣いていたのが、5人で空腹に泣くことにならなきゃいいけれど。
まぁ、未来のことはどうにもわからないから、頑張るしかないんだけれど。
同道の道すがら、母娘は名乗ってくれた。
母親の名は滝川
昨夜、宿に戻ってから、佳苗ちゃんが話して、ひささんもありがたい話だと受けてくれた。
その後改めて身の上話を聞けば、ひささんの実家はお城で御台所頭のお役を務めていたそうな。なので、料理は厳しく仕込まれたという。
マジかよってね。ありがたい話だ。
だって、きっと、料理を質だけでなく量もこなせる本物のシェフってことだからね。
「でもさ、そうは言っても女性が父親の後を継いで、御台所頭になることはないんだろう?
なのに、厳しく仕込まれたりするの?」
是田がそう聞いて、僕もまったくそのとおりだって気がついた。
「いいえ、御台所頭の娘がまったく料理できず、婚家で恥を晒せば、実家の父の名に傷が付きます」
ああ、なるほど。
そういう考え方をする時代だったね。
でも、恐ろしいほど筋が通っている気がしたよ。
となると、おひささんは、さぞや引く手あまたの女性だったはずだ。だって、家宰を取り仕切る有能さを、相当に買われていたはずだからね。
藩内でも、将来のある家柄の良い人と結婚もしたはずだ。なのに、お家取り潰しによって、すべての将来設計が吹っ飛んでしまう。
考えてみれば恐ろしいよね。
会社の倒産なら、まだ先が読める。業績悪化があっての倒産だからね。
でも、お家取り潰しはそれすらない。
青天の霹靂で、路頭に迷うんだ。
それも、妊婦だったり幼子を抱えたままで。
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