第36話 産直直売所開設


「背負い大篭1つで、300くらいぜしょうかねぇ」

「じゃ、大篭で2つだ。

 篭こみで3朱でどうだい?」

「それぢゃ、もらい過ぎざぁ」

「篭ごと買うからさ、迷惑料だ。

 明日また買うかもしれないけど、そのときは篭代がないから買い叩くぜ」

 と、これは笑いながら是田。そんな、もろに買い叩くなんて言わなくてもいいのに。でもまぁ、ちょっときつい冗談だと取ってもらえたら、仲良くなれるかもしれないけどね。


「わかったぁ。

 四半刻も掛からんから、待っとしてくざはい」

「あいよー」

 僕たちはそうのほほんと返して、第一村人が奥さんを大声で呼んで、2人で篭を背負って慌ただしく山の畑に駆け去るのを眺めた。

 結構、方言きつくて、違和感あるなあ。


 今回これで、600個のミカンと背負の大篭2つを3朱、つまり750文で仕入れたことになる。

 篭がなかったら、2朱、つまり500文より安いだろう。

 で、江戸でひとつ10文で売ろうかと考えている。というのは、ミカン、江戸のお店で1個15文で売っていたのを見ていたからだ。

 となると、全部売れれば売上は6000文、1両2分が望める。純益が1両1分1朱となるから、これを濡れ手に粟と言わずしてなんと言おう。明日は篭代がないから、原価率はさらに下がって1割を切る。

 こんなボロ儲け、いいのかなぁ。


「ほい、ありがとさん」

 僕、そう言って3朱の現金を、ミカン篭を背負って戻ってきた第一村人の手に握らせる。

「おおきに、ありがとうごだいます」

「いやいや」

 とかなんとか言いながら、僕は第一村人の旦那の篭を受け取る。是田も奥さんの篭を受け取っている。


 うっ、けっこう重いな。

 ま、ミカンは水と同じだから重いんだろうけれど。


「このまま、大阪まぜ背負われるんぜ?」

「いや、川舟待たしているからさ、それで一気に帰るよ」

「お言葉が江戸の人かと思った」

「そうかい?」

 うう、案外鋭いなぁ。

 それとも、江戸から仕入れの人がそれなりに来るのかもしれないな。


 ここで第一村人夫妻、ちょっと表情を改めた。

「結構な額で買っていたざきましたに、江戸の人なら、言っておかねばならないことが。

 おそらく来年からは江戸の人にミカンは売れないから、覚えておいてくざはい」

「えっ、どうして?」

 コレにはさすがに驚いたよ。


「今年、ここいらの村々の代表が、江戸に組合を作る話し合いに行っておりましてね。

 来年からは、その組合を通さないとミカンは売れなくなるのぜ、直接の商いはもう……」

 なるほどなぁ。

 こういうのって、商売が軌道に乗るとすぐに作られていくんだな。で、これが硬直して弊害ばかりが増えると、信長みたいな人が現れて、楽市楽座とか言い出すんだろうね。


「そうかい。

 親切にありがとうよ。

 じゃ、今年、たくさん買っておこうじゃねーか」

「また待っておりますよ」

 おうおう、嬉しそうな顔しやがって。


「よろしくたのまぁ」

 そう言って、僕たちはまた歩き出す。

 さ、重いのは嫌だから、さっさと時間跳躍機公用車を呼び出してよ、是田先輩。


 それにしても、僕たちがミカン仕入れられたの、ずいぶんと運がいいってことみたいだ。1年ずれたらダメだったって、ピンポイントが過ぎる。まるで、誰かが糸を引いているみたいだな。

 で、「1687年(貞享4年)、ミカン組合設立検討会開催」みたいに、あとで記録されるんだろうなぁ。

 まぁ、ありがたくこの運を使わせてもらうよ。



 トータルで50分ちょいで、僕たち江戸に戻ってきた。

 時間跳躍機公用車にミカンを満載して。

 是田と2人で、重さにため息を付きながら、寛永寺裏から「はずれ屋」まで歩く。まったくもー、行程のたった0.1%が、疲れの原因の99.5%を占めるな。


 愚痴は言いたいけど、この重さと「はずれ屋」の上がりを足し算したら、僕たち1年で600両は稼げるだろう。そう思えば、肩に食い込むミカンの重さも軽く感じるよ。



「おかえりなさ……」

 佳苗ちゃんが振り向いて絶句している。

 これだけの大量のミカンを見れば当然だろう。

 他の女子たちも、似たような反応だ。


「みんな、2個ずつあげるから、手伝って」

 是田が声をかけると、とたんにみんなスイッチが入ったように動き出して、僕たちに手を差し伸べてくれた。


「このまま地面に置くと、篭の下になっているミカンが潰れちゃうんで、なんかいいものない?」

 僕の問いに、女子たちがばたばたと動き、屋台の長椅子に広げている布の予備を持って来てくれた。

 僕と是田はかごの上半分のみかんをそちらに移し、ようやく肩の荷を降ろすことができた。


「水汲みのさわの野郎はいるかい?」

「へい、なんです?」

 他の人の目があるからね。まずは、こんな感じのやり取りになっちゃうよ。

 で、水汲み部隊から抜け出してきた沢井氏(仮)の目が、僕たちの表情を窺っている。


「アンタにゃ、よしみがある。

 だから、このミカンを売る担当をやってもらいてぇ。

 1個10文で、今日の分のこれを売り切って欲しい。

 どうだい、やるかい?」

 この持ちかけは、江戸に戻りながら、僕と是田とで相談した結果だ。

 水汲みよりは遥かに楽な仕事だから、ちっとはいいだろ。


「やらせていただきやす」

「じゃあ頼んだ。

 女子を1人つけるから、よろしく頼まぁ。

 佳苗ちゃん、口入れ屋に文を飛ばして、昼までに女の子をもう1人都合を頼んでくんな」

「あい、わかりました」

 これで、産直直売所商売は準備が整ったことになる。

 でもって、さらに彼には提案があるんだ。


「ついでにもう1つ」

 ここで僕は小声になった。

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