第5話 江戸でサバイバル?


「二度と同じ間違いをするな。

 ったく、相変わらずの失言大王め」

 ……そ、そうかもしれないけど、きっかけはアンタだろ?


 僕の目付きで、是田、僕の言いたいことは察したらしい。

「だって雄世、係長は最初から、ここでカレーうどん食う気だったんだ。黄色の麻の葉文様の着物だったろ。汁が飛んでもいい色合いだからな」

 それは是田、アンタの被害妄想だ。


「逆に、汁が飛んでもいい色合いの着物から、カレーうどんを連想したとは考えなかったのか?

 ここで俺たちにいくら嫌味を言ったって、カレーうどんが手に入らないのは、係長が一番わかっているぞっ」

「……そういうこともあるかもな」

「こ、この馬鹿!」

 歳上の是田に対して、そう叫んでしまった僕を、誰が責められよう。


「だけどな、きちんと俺、録音していたんだぜ。

 パワハラの証拠が録れれば、この地獄から開放されるからな」

「こ、この馬鹿!」

 再度、僕は叫んでしまった。


「バカとは何だ!?

 仮にも俺は先輩だぞ!」

 2回目ともなると、さすがに是田も怒った。目が三角になる。

 だけど、馬鹿じゃねーか!


「業務情報端末は、出張時は時間跳躍機がサーバーになっていることは知っているだろっ!

 きっともう接続が解かれていて、メールも情報検索もすべてできなくなっているはずだ。

 それに非常時の係長権限のパスワードで、サーバー側からその録音とやらのファイルも消去済みに違いないしっ!」

 僕の言葉に真っ青になった是田が、懐から端末を取り出したけど、いくらその表面を撫で回してもディスプレイが明るくなることはなかった。

 スイッチすら入れられないってことだ。

 やっぱり、徹底してるわ、係長は。


 是田のせいで、僕、完全に巻き込まれてしまった。

 キレてからの思いつきで係長を陥れようとして、マジに失敗しやがったわけだ。

 どうしてくれるんだっ!

 ここで生きていくしかないのかよっ!

 そんな能力もないのに!!


 じりじりと焦りまくっている僕の横で、是田は業務情報端末を握ったまま呆然としている。きっと、是田の心のなかで、ストレスのおかげで満タンだったモチベーションはもうぺっちゃんこだ。

 だいたいだけど、パワハラで置き去りの異世界飛びって(時間飛びだけど、もう今の時点で歴史が変わっちゃっているんだから、正確に言うなら異世界飛びなんだよっ!)、そんな悲惨な話聞いたことあるか?

 モチベだって下がるさ。


 僕たちは時空系許認可の仕事をしている公務員で、この関連業務と事務仕事しかできない。手に職を持っている系の奴は強いけど、僕たちはその真逆にいる。

 他の時代とか、他の世界で生き延びていく能力スキルなんか、これっぽっちも持ち合わせていないんだ。


 僕は、ふただび逆上しそうな自分を必死で抑え込んだ。

 うっかりここで逆上のあまり、是田と殺し合いにでもなってしまったら、すべてがおしまいだ。



 まずは僕、2つのことを考えなければならない。

 1つ目は、芥子係長が僕たちを迎えに来てくれるかどうか、だ。

 やっぱりこれ、相当に望み薄だ。


 僕たちの仕事はリスクが大きい。

 現時人に職員が殺されたという事例も、何年かに1度くらいの頻度ではあっても必ず起きている。多くの例では、ベース基地に申請を出して救済の手を差し伸べてもらうけど、代償は大きい。「実は死んでいた人」扱いは、本人だけでなく、その周囲にも精神的負担を強いるんだ。当然、公文書として顛末は残るしね。


 そのうち、「公文書開示請求」が出されて、税金の無駄遣いだと叩かれることになるんだろう。どーせ僕たちの命は、一般市民からは紙より軽いと思われている。


 それはさておき、そうは言っても四係では殉職の事例はない。もっと、血なまぐさい歴史を持つ地域を担当する係での話だ。

 だが、何事にも最初ってのはあるもんだ。


 それに、係長が、僕と是田が喧嘩をして殺し合ったなんて報告書を書いちまったら、業務上での死亡ではなくなる。

 つまり、ベース基地からの救出は考えられない。


 そして、芥子係長に、そんな作り話を語ることに対して感じる良心というものは……。

 あるわけない。あるはずない。ありっこない。

 生粋のサイコパスの心に内省の部分を探すなんて、九十九里の砂浜で、砂に混じった1個のダイヤモンドを探すようなものだ。


 ちーん。

 終わりだ。

 この経路では、僕たち、戻れない。


 となると、今は2つ目の手段に賭けるしかない。

 今、まだ、この時代に内藤新宿はない。非公式の内藤宿が、これから幕府に認められて公式の内藤新宿になる。そして、後の新宿となって、大発展していくんだ。

 そして、その内藤宿には今回の申請者、生宝いほう真正しんせい氏が自前の時間跳躍機で来ている。

 彼はまだ若いのにとんでもない大金持ちで、稼いだ方法はかなり怪しいらしく、経歴も偽装との噂が絶えない。


 時間改善四係に、公式のブラックリストがあるわけじゃない。

 でも、そんな彼に対して僕たちは、ガードを上げている。だから、今回の申請だって、係員の僕たちに加えて、芥子係長までが申請書類をチェックした。結果として書類上可怪しなところはなかったし、だから問題のない申請だと信じたいし、だからこそ頼れるものなら頼りたい。


 この時代に遭難したに等しい僕たちを、連れ帰ってくれるかもしれない唯一の希望なんだから。

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