第18話 八百萬の中の意地悪担当の神様

 

「俺は、是田これだ 芽太めいだ

 比古は、雄世およ 比古志ひこし

 実は、常世からやってきた」

 あ、佳苗ちゃんには、そういう作り話にするんだ。

 常世っていうと、竜宮城のたぐいだよな。


「常世、でございますか?」

「ああ。 

 海の向こうの、神の国だ」

 おお、是田、言い放ったな。

 これで僕たち、神なのか?


 そこでなぜか、作り話をしている是田の顔が苦悩に満ちたものになった。

「俺たち自身は、神じゃなくて、神に仕える人間だ。

 だから、神に仕える以外のことは……」

 うう、それ、俺も言うとしたら、やっぱり苦悩に満ちた顔になるな。

 だってさ、芥子係長を神として扱うなんて……。

 口が裂けたって言いたくないぞ、そんなことは。

 あれは神じゃないぞっ。単なる性悪だっ!


 でもなぜか、佳苗ちゃんはやたらと納得をしたらしい。

 うんうんと、頷いてすらいる。


「ようやく、わかりました。

 7両という大金に未練がないこと、お手が優しくて節くれだっていないこと、常世から江戸に流されてしまったお方たちということであれば、すべてが腑に落ちます。

 たしか、今昔物語集の本朝の中にも、常陸の国に常世の方が流れ着いたという記録がございましたよね?」

「な、なんのことかな?」

「たしか、5丈ほどもある巨大な女性の遺体が流れ着いた、と。

 目太様と比古様はそのようなお方にお仕えされているのですよね?」

「態度なら、それよりもっと巨大だけどな」

 是田のつぶやき声が聞こえる。きっと、言わずにいられなかったんだろうなぁ。そういうところについては、完全同意だな、僕も。


 で、5丈といったら、15mだ。

 これはデカい。

 常陸の国と言ったら茨城県だから、どうせクジラの死体が打ち上がったとかの話なんだろうけど、体毛がないから女性とされたんだろう。

 僕、ちょっと悩んだけど、佳苗ちゃんの思い込みにそのまま乗ることにした。

 だって、これを否定したって、代わりにできる作り話もないもんね。


「ああ、だから、いろいろなからくりを駆使してお仕えするんだよ。

 僕たちの身体の大きさでは、直接にはできることは限られてしまうからね」

 佳苗ちゃん、僕の言葉に、目を輝かせながら何度も頷く。

 くっ、良心が痛むな。


 でもさ、この手の話、江戸では多いんだよね。

 ここから150年未来では、「仙境異聞」なんて、仙界に旅をしてきたという少年からの聞き取り物語もある。

 オカルト話はみんな大好きなんだ。


「逆に、目太様と比古様は、その神様からは迎えには来ていただけないのでしょうか?」

「僕たちが仕えている神様は、性悪でねぇ……。

 絶対来てくれないと思うよ。

 もう、本当に性悪で性悪で、俺たちをイジメるのが3度のメシより楽しいっていう……」

「またまたご冗談を。

 仮にも神様ともあろうお方が……」

八百萬なおよろずの中の、意地悪担当の神様なんだ……」

 って、さすがにここまでこき下ろすと、ちょっとだけ良心が痛むな。

 うん、ほんのちょっぴりとだけだけどな。


「なかなかのご苦労なんでしょうけれど、それでも常世はこの江戸より暮らしやすいところなのでしょうね」

 佳苗ちゃんの言葉に、是田の顔が歪んだ。

「くっ。

 本当に帰りたいんだよ。帰って、冷たいビールが飲みたい……」

 う、是田の言うことに僕も全面同意だ。

 あー、部屋の冷蔵庫には缶ビールが冷えているというのに、僕は江戸ここでなにをしているんだろう?


「びいる、で、ございますか?」

「あ、いや、神の国の飲み物で……」

 と、もごもごと是田が説明を始めるのを、佳苗ちゃんは無視して両手を胸の前で打ち合わせた。

 よほどに、なにかがひらめいたに違いない。



「そうだ!

 いい手を思いつきました」

「はぁ……」

「神の国の食べ物、神饌を作って売るのはいかがでしょうか?

 絶対に、江戸で大人気になりましょう。

 それを食べたら、きっと1000年は寿命が伸びるでしょうし」

 ……俺たちの時代の食べ物を作るのか。


 ま、1000年も寿命が伸びるってこたぁ、ないけどね。

 とは言えこの時代の人たちから見たら、オムライスやスパゲティだって相当に風変わりな食事だろう。


 僕は、腕組みして唸り声をあげて、考え込んじゃったよ。

 料理かぁ。

 男の一人暮らしだったし、ほとんどなんも作れないぞ、僕。さっきのオムライスだって、上手く包めるとは思えない。


 なのに、僕とは対象的に、是田は顔を輝かせていた。

「佳苗ちゃん、さすがだよっ。

 いい手を思いついてくれた。

 神の国の食べ物、作って売ろう!」

 それを聞いて僕、思わず必要以上にうさんくさげな表情になってしまった。


「なんです?

 なにを作ろうって言うんです?」

「カレーうどんだ」

「はぁ?」

「蕎麦屋やって、カレーうどんを出そう」

「はっ?」

 なんでだよ?

 なんでカレーうどんなんだよ?

 一足飛び過ぎて、ついて行けねぇよっ。


「是田さんの考えていることがわかりません」

 そう言いながら僕、僕たちが江戸に置き去りにされることになったきっかけは、カレーうどんだったことを思い出した。

 だけど、僕たちを置き去りにした芥子係長に、今さらカレーうどんで忖度したってなにも起きないだろうに……。


「とりあえず、話を聞け」

「いや、聞いてるでしょっ!」

 僕、容赦なくツッコむ。

 佳苗ちゃんも、目を瞠って聞いている。

 きっと、「かれぇとはなんでございますか?」と聞きたいのを、じっと我慢しているんだ。

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