第12話 暗殺の成算って?

 

 本来であれば、江戸時代の宿は選択の幅が広い。

 飯の出ない木賃宿で自炊して雑魚寝という安く済ませる方法もあるけれど、中には晩飯を出してくれた上で飯盛女までが付いてくる宿もある。

 飯盛女とは、まぁ、つまり、そういう仕事の女性だ。吉原なんかと違って闇営業ではあるんだけど、半ば公然化している。


 ま、不本意でも佳苗ちゃんという娘を同行させるようになっているし、そうでなくても買う気はない。

 僕たちがそういう女性を買ったりしたら、結果として法令違反になってしまう可能性がある。江戸にいるからこそ、この期に及んでもコンプライアンスは無視はできない。


 と、そう思っていたんだけど、内藤宿は幕府に認められていない宿場なので、飯盛女はいないことになっているみたいだ。

 本当のところはわからないよ。こういうのは必ず抜け道があるものだからだ。

 でも、押し付けられないのは助かる。



 まぁ、それでも雑魚寝は嫌だから、部屋は押さえよう。先のことも相談しなきゃだから、ひそひそ話がしやすい方がいいし、誰かのいびきをすぐ横で聞きながら寝られるほど僕は図太くない。

 いびきをかくのが是田だったら、鼻をつまもうが顔に濡れた和紙を被せようが、好きな方法で黙らせればいいけど、現時人の赤の他人じゃ申し訳ないからね。


 寒風吹き出す真っ暗な中、それでも僕たち、あっけなく内藤宿で宿は押さえた。

 ま、客引きに袖を引っ張られて、連れ込まれたんだ。

 といっても、それこそ普通の民家みたいな平屋作りだけど。つまり、宿場でありがちな二階屋ではない。


 1人1泊230文。

 この時代、心付けという名のチップがあるからね。それをコミにしたらまぁ、3人で700文と、こんなもんだろ。

 全財産3両、すなわち12,000文だからね。宿にだって20日は泊まれない。

 本当に稼いで生き延びる道を探さないと、だ。


 で、僕たちが宿で真っ先にやったこと。

 宿の主人が持ってきた、宿帳の記入をごまかした。

 関所よりも江戸側の村名を書いて、名前を比古と目太と書いた。これなら通行手形とか見せろと言われないからね。

 この時代には一般的に姓はないから、雄世およ 比古志ひこし是田これだ 芽太めいだなんて書くとかえってオオゴトになる。

 

 それから、さっきの村から逃げ出しちゃったままにぐいぐい歩いていてきちゃったから、娘の名前もそのときになって初めてきちんと聞いたよ。「佳苗」と言う名自体はもう聞いていたけど、武士の娘なら姓もあるはずだからね。

 で、やっぱりだけど、最初から名乗らなかったのは、「家の恥を晒すからと、内緒にしておきたい」と。

 ま、ありがちのことだし、今晩話を聞いてやってそのまま別れることになるだろうから、無理に聞かなくてもいいや。「佳苗ちゃん」で困らないし。



 で、閑話休題それはさておき

 僕たちは空手だ。

 この時代の、いわゆる旅行セットすらも持たないでうろうろしているってのは、不審者にもほどがある。仕方なく、「不用意に遊びに出たら日が暮れてしまった」とか言い訳を考えて、宿に入浴用品を融通してもらって風呂に入った。

 そして、佳苗ちゃんが入れ替わりに風呂に行っている間に、行灯の下で是田と相談を交わす。

 ようやく、落ち着いて相談できるってもんだ。


 まずは「あの現場に踏み込もうだなんて、生宝氏に殺されたいんですか、アンタは?」って問い詰めたら、「えっ!?」だってさ。

 らしいっちゃらしいけど、喧嘩の才能ないわ、是田は。

 退路を考えないって、無謀すぎだよ。

 で、頭を立木に打ち付けたのは、事故ということで押し通したった。

 是田、ひそかに僕に殺されるかもって恐怖したらしいけど、その恐怖をいつまでも忘れないでいて欲しいな。


 ただ、一つ、どうしてもわからないことがある。

 時の流れが、かつての歴史から離れて久しい。それでも、大筋は確保され、特に時間跳躍機の発明に至る時間の流れについては聖域化されて守られている。

 この目的のために、「時間整備局時間管理部」の更新世ベース基地はいい仕事をしている。


 つまり……。

 綱吉暗殺なんか企てたって、うまく行かないってことだ。たとえ暗殺に成功したって、あっという間に時間の流れは修正されて企ては失敗するし、結局のところ生宝氏は確実に死刑になってしまう。


 それを生宝氏だって、知らないわけじゃない。

 彼の最初の申請のときには僕たちで面談しているし、その際にはそういったこともきちんと説明している。アフリカ系日本人の秘書と、うんうんと頷いて聞いていたじゃねーか。

           

 たしか、会議室での面接終了後、「追加の質問がある」ってんで、またもやその秘書という人物も交えて事務所の中でさらに説明したんだった。

 それも、2回も3回も。

 誰だって死刑にはなりたくないから、こういうことは珍しくはない。

 僕たちだって、間違った法解釈を伝えないように必死だ。ちょっとした間違いが死を招く。で、それが僕たちの説明のせいとなったら、それこそ洒落にならない。

 だから生宝氏、僕たちの姿勢からも、この法律の怖さを知っているはずなんだよ。


「改正時間整備改善法」は、特に遊びの少ない法律だ。

 僕たち担当としても、泳げる範囲が狭くて、自分たちの裁量で判断できるところは少ない。芥子係長は男漁りを可能とするような穴を見つけていたけど、こういうのは極めて限られている。


 あの穴は、福祉系の法律の条文を引っ張ってきて嵌め込んで使ったからなんだろうけど、ま、整理しきれなかったんだろうな。

 でもって、あの穴を見つけたのはさすがというか、なんというか……。

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