第35話 蕎麦屋台の経営


「承知いたしやした。

 では、ご参考までに。

 担ぎ屋台であれば1日40文でお貸しいたしましょう。それに、蕎麦が20人前で40文、毎日計で80文いただきます、蕎麦が6文の20人で120文の売上となりやすから、儲けは40文となりやす。これだけあれば、風呂代も払えるし、寝場所の確保もできておまんまも食えるでしょう。

 さらに利を増やしたいならば、岡持ちに入れてもう10人分をお持ちになればよろしい。そうなれば80文の儲けに増えますから、かなりのものでしょうよ。

 なお、これは、日々の商いということになりやす。

 別して、店形式の屋台ならば月の商いになりやす。

 月3000文にさせていただきましょう。1日に120文ということになりやす。それに、蕎麦が60人分で、毎日120文、これまた月に3000文とさせていただきます。計6000文、1両と2分でございやすね。

 蕎麦が6文の60人で360文、つまり1日120文の儲けが出ますから、それでも担ぎ屋台よりは多いことになりやす。

 ただ、小屋掛け屋台には縄張りがありますからね。

 良い場所を取るならば、月に500文はいただきやすが、客は100人でも行きますし、そうなれば日に蕎麦200文に店代、縄張り代140文で340文が出ますが、売上は600文になりやすから、260文の儲けということになりやす。

 さらに、小屋掛けなら店を開けとく時間がいくらでも増やせますからね。昼夜やれば150人の客で460文とさらに増えまさーね。

 とはいえ、こうなると1人でやるのは無理ですし、手際が悪くて客を待たせると怒られますよ」

 なるほど、これもやり方次第か。儲けるためには、店としての体制を整えるのと数をこなせる能力も必要ってことだ。



 この時代、土日はない。

 大工と違って、雨天は働けないということもないだろう。

 とすると、1ヶ月に25日働くとして、担ぎ屋台ならば月に1000文、めんどくさいのでグリゴレオ暦で計算してしまって12を掛けると、年収12,000文、つまり3両の収入となる。

 これは……、予想外に少ないな。


 だけど、岡持ちで10人分が運べれば、収入は一気に倍になる。

 もっとも、倍になっても6両だ。腕のいい大工なら遥かに多い25両くらいは稼いでいるし、割りと裕福な暮らしができている。その4分の1以下なんだから、よっぽど慎ましく生きていかないと、だ。


 とはいえ、店形式の屋台で上手く行ったら、日に260文で月6500文。年収78000文、つまり19両と2分。ここまで行ければ、なかなかのものということになるなぁ。

 もっとも、これを僕と是田、佳苗ちゃんで分けるとなれば、6両と2分だけどな。

 ま、あまり夢は見ちゃいけない。

 僕たち、なんの修行もしないまま、スキルもなしにここに放り込まれて稼ごうっていうんだから……。


 

 僕と是田は、歩きながら話し合って、それぞれの屋台の長所と短所の切り分けは済ませていた。

 僕たちが江戸から立ち去ることができないことも考慮するならば、無条件に据え置きの小屋掛け屋台だ。

 儲けが多いし、このまま元の時間に帰れなくて、先々どこかの店舗を借りるなりするにしても、将来のルートが見えていて計画を立てる余地がある。


 繰り返しになるけど、それに比べたら担ぐ屋台は根っこなしの浮草みたいなものだ。

 あそこの祭り、ここの花見や紅葉狩りと良い場所が選べる半面、なかなか覚えてもらえないし、うまく覚えてもらえてもリピーターに繋がらない。こっちがふらふらと移動しちまうんだから、お客にカレーうどんがもう一度食べたいなんて思ってもらっても、巡り合うことができないんだ。

 僕一人だったら、好むと好まざるとに関わらずに担ぎ屋台しか選択肢がなかったけれど。


 現状は、僕と是田に加えて佳苗ちゃんもいるから、この人数は大きなアドバンテージだ。

 僕たち、ここまで歩きながら、こんな相談をしていたんだ。

「一世一代しか客に会えないんじゃ、カレーうどんの良さを知ってもらっても、それきりってことになっちゃいますよね」

「それきりってこと自体は俺たちの立場からしたら一概に悪くはないけれど、次に繋がらないと芥子係長まで俺たちの話が伝わらないからな……。

 それに、芥子係長が俺たちを探すにも、小屋掛けの屋台の方が探しやすいだろう。

 あと、御世、『一世一代』じゃなく、『一期一会』だから、な」

「くっ……」

 またかよっ。

 是田にツッコまれると頭くるよなっ。



 是田、元締に向き合う。

「元締、小屋掛けでお願い致しやす」

 そう言い切った是田の言葉に、元締、大きく頷く。

「では借賃は、一月分、6000文、1両2分と、場所代500文を加えて1両2分2朱を前払いでいただきやす。

 で、屋台はすぐにご用意いたしやすが、営業は明後日からにしましょう。

 こう言っちゃ申し訳ねぇが、素人が大人数の客を捌くにゃ稽古が必要だ。明日は稽古に当てた方がいいと思いますよ。

 いきなり信用を失っちゃおしめぇだ」

「おお、ありがてえ。

 では、明日は修行用に10人分の蕎麦とうどん、計で20人分を頼まぁ」

「心得ました。

 炭も多めに運んどきやしょう」

 きっと、食い詰めて蕎麦の屋台を担ぎたいなんて奴、僕たちだけじゃないんだ。

 だから、元締はこういう細かいところまで気が回るんだろうな。



※ ただし、貯金して屋台を買い取る、蕎麦を自分で打てるようになるとかのスキルアップで、ぐいぐいと儲け幅は増えるのです。

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