第34話 放蕩息子


 今度は是田が、僕に代わって元締に話しかける。

「元締、念の為に言っときますがね。

 俺ら、人を殺したとか、盗みを働いたとか、人様を騙したとかの御法に叛くようなことは、これっぽっちもしてねぇよ。

 ただ、ここにいる若旦那が吉原通いが止まらなくて、勘当の憂き目に会いそうなんでねぇ。飯の種として儲かるだけのものを見つけられれば、つまり、若旦那に商才があるとなりゃ、若旦那の親父さんもそこまでの無茶は言いますまいよ。

 で、オレっちにゃ、若旦那を道楽に引きずり込んだ責任がありやすからねぇ。

 若旦那、蕎麦の食い方についちゃ一家言をお持ちだ。『それを活かして、商売につなげちゃいかが』とオレっちが言い、『それはいい』と若旦那が言い、つまりはそういうこって、で。

 ただ、要らぬ恥は晒したくねぇんで、奥歯に物が挟まったような物言いになっちまって、元締には申し訳がねぇ。

 すまねぇ」

 是田、急に伝法な口調になって、元締に話を返した。


 つまり、ここまでは想定のうちで、練り上げた策の内なんだ。

 立て板に水を流すようだねぇ、是田。

 で、こういうの、落語になかったっけ?


 元締、半ば納得したような、半ば疑うような眼差しでこちらを見ている。

「では、その娘っ子は?」

「若旦那の許嫁でしてね。

 若旦那が勘当の憂き目にあっちゃ大変と、首尾を見張りに来ていらっしゃるんで」

 是田の、口から出任せにもほどがある。

 佳苗ちゃんが僕の許嫁?

 って、佳苗ちゃん、案外動揺してないな。このくらいの話にはなると、読んでいたのかな。

 ま、吉原に行くことに比べたら、動揺するはずもないか。


「それにしちゃあ……。

 いいや、なるほど、なのか……。

 いや、申しますまいよ」

「いいや、元締、仰ってくださいよ。

 こちとらだって、疑われたままじゃ気分が良くねぇ」

「じゃあ、申し上げますけどね。

 大店の許嫁にしちゃあ粗末な着物をお召しだと、そう見ていたんで。

 まぁ、一度は本当にそう思ったんでございますけどね。

 それなのに、姿かたちが折り目正しく、筋が通っていなさる。武家の娘と言っても通用するくらいだ。

 おそらくは勘当されそうな若旦那に気を使ってボロを着てきたんでしょうが、育ちは隠せぬものでございますなぁ」

 あ、そういう誤解をしたのか。

 真正に侍の娘なんだけどね。

 でもって、佳苗ちゃんが本物だってことが、僕たちの信用につながったのか。


 佳苗ちゃんは、褒められても軽く視線を伏せたまま、一揖いちゆう(軽い会釈)でとどめている。

 うん、品よく化けることもできるんだな、さすがは武家育ち。



 ここで是田、さらに押して元締から信頼を買う手に出た。

「若旦那の父上のおたなはね、越中とはなかなかに大きな取引をなさっておいででしてね、前田のお殿様のご家中にも顔が利くんでございますよ。

 若旦那の吉原通い程度で潰れるような身上じゃあねぇんでございますが、だからといって跡取り息子が遊び歩いてちゃ、番頭から丁稚に至るまで店のもんに示しがつかねぇ。

 元締も人の上に立つ身だ。わかりやすでしょう?」

「なるほど、そういうことなんすかい」

 元締めぇ、心底納得しないにせよ、疑うこともできなくなったって感じだな。


 是田、そのままの口調で続けていく。

 うーん、なりきってるなぁ。

「でね、担ぎ屋台じゃあっちへふらふら、こっちへふらふらって寸法でございましょ。若旦那の働いている姿が、おたなのみなさんから見えにくいんでぇございますよ。

 なんで、小屋掛けでお願いしたいんでやす。

 縄張りは、できる限り良い場所をお借りしたいたあ思いますが、期間が短いでしょうから、今すでにある屋台にいくらか迷惑代をお支払いしてもよいと考えております」

 うん、たしかに、場所は大事だ。

 理想は爆発的にカレーうどん、いや天竺蕎麦が当たって、そのあと煙のように僕たちは消え失せることなんだ。

 じわじわ流行るという手段はとれない。タイムオーバーが来ちゃうと、綱吉が暗殺されちゃう。となれば、一にも二にも場所だっていうことは、僕にだってわかる。



「わかりやした。

 さすがはきちんとしているおたなで育った方たちだ。筋もきちんと通しなさる。

 ショバ代も含め、明日から屋台を使えるようにしましょう。

 ではもう一つだけ教えていただければ、あとは余計なことは言いますまいよ。

 若旦那の家の家業はなんでございます?」

「薬種問屋でございますよ」

 ああ、なるほど、是田、前の仕事を利用するのか。

 珍しいな。いつも正解の横にいるのに、今回は正解ってことになるのかな?

 ちょっと、いや、かなり嫌な予感もするけれど。


「先程も言いやしたが、若旦那の家は越中とはなかなかに大きな取引をなさっておいででございますよ」

 是田、追い打ちをかける。

 僕たち、作り話をするときは、現時人に悟られないよう嘘は二重三重にめぐらしてあるし、疑念を持たれるところはきちんとフォローする。こういうのは本当に必要なことなのに、職場研修では決して教えてくれない。

 先輩から後輩へ語り継がれ、叩き込まれてきたテクニックなんだ。


「ほほう、それはそれは」

「若旦那、手弱女たおやめみたいな手ぇ、してなさるでしょ。

 商売柄、力仕事は少ねぇでございますからね」

「そう言うあんたも、随分とやさしい手をしてなさる」

「オレっちの手は、女の手をにぎるのと尻を撫でるのが専門でさあ。

 ただ、今回の若旦那の件に関しちゃ、一肌も二肌も脱ぐつもりでございます」

「ほっ、なるほど」

 元締、そう相槌を打つ。

 うん、佳苗ちゃんはどん引きしているな。


 ……でもまあ、よく言うよ。

 実際のところ、是田が女性の尻を撫でたことがあるとは思えないけどねぇ。

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