第26話 一難去らずにまた一難


 そう、彼の機転で僕たちは救われたとは言える。

 でも、だからと言って彼に家族への手紙を届けるとか、レアのステーキ届けるとかってのは話の筋が違う。

 僕たちの失態は僕たちが責任を負うのが筋で、彼へのなにかの恩恵をもたらすことの可否は僕たちには判断できないことだ。

 ただ、僕たちが受けてしまった救済は、どうしたらよいのかという問題は残るのだけれど、それもどちらかと言えば僕たちの気持ちの問題だ。


 そもそもだけど、彼は逃亡犯扱いになっている。

 芥子係長はこう言っていた。

「オペレーターは、『はずれ屋』で水汲みしているよ。

 主犯の生宝氏が死刑にならないのに、部下たちから死刑ってわけにも行かないからな。時間を越えて逃亡しているて扱いで、裁判にもならん。

 まぁ、おひささんに飼い殺しにされるだろうけど、毎日美味いものが食えるんだから良しとしてもらわなきゃだな」

 ってね。


 つまり、生宝氏の企みの全体像がわからない今、証人にもなるし、事情聴取もまだまだ必要になるかもしれないのがこのオペレーターだ。だから、死刑にして殺せない。

 とはいえ、裁判と刑の執行の迅速化が求められている僕たちの時間の中では、勾留したままだらだら10年、20年と過ごさせるわけにもまたいかないんだ。

 だから、おそらくは更新世ベース基地側の発案で、時間整備局自体があえて彼の逃亡を見逃している。おおっぴらには言えないことだけれど。

 ま、どーせ時間跳躍機がない以上、彼はどこにもいけない。古臭い言い方だけど、時の監獄に閉じ込められているんだよ。


 その逃亡犯に対して僕たちは、刑事訴訟法239条2項で「官吏または公吏は、そ の職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならな い」って決められているから、建前論で言うなら彼を見つけたと通報しなければならない。

 たとえ、彼が命の恩人であってもだ。


 とはいえ、時間整備局自体があえて逃亡を見逃している彼を、僕たちが積極的に通報もできはしないんだろうとは思う。でも、だからって、馴れ合うのはまた違うよね。

 と、僕の思考はループの中で回るばかりで、出口が見つけられない。



「とりあえず今、話をするに当たって、お名前を教えていただけませんか」

 上手いぞ、是田。

 畳み掛けれられる前に、上手く間を外したな。

 僕たちも一応は彼の名前を知っている。でも、きちんと名乗ってもらうのは、やっぱり必要なことだよね。


「失礼しました。

 沢井と申します」

「ああ、沢井さんですね。

 私は是田、こちらが雄世と申します」

 白々しいと言いたれば言え。

 でも、ここで稼げた数秒が、僕たちの心に余裕を与えた。


「この場、つまりこの店は、私たちの業務というより研修の場となっているところです。

 もちろん、私たち以外は現時人ですし、僕たちも身の上は明かしておりませんけれどね」

 この沢井という男が知っているであろうことも、敢えてもう一度話す。

 僕たちと彼は仲間ではない。

 そもそもとして、善良な市民と行政の一員との関係には成りようがない。その線引のためだ。


「知っておりますよ。

 そして、私がすぐにでも逮捕、連行されない理由もね」

「それは、誰かが沢井さんに話したのですか?」

 と、これは僕。

 

 もしかしたら芥子係長が、もしくは更新世ベース基地の誰かが彼とコネクトしているかもしれないからね。その整合性は考慮しないとだ。

 行政機関も大きくなると、右手がやっていることを左手が知らないということが往々にしてある。で、それを申請者側から指摘されてびっくりなんてこともあるんだ。


 そのような事態を防ぐために、いわゆる「他法令協議」ってやつも仕事の流れの中にあるんだ。だけど、全部の法律を網羅して協議できるはずもないから、思わぬところで蹴躓くこともあるんだよ。

 1回痛い目にあうと、そんなのも気にするようになるんだ。

 

「ええ。

 口止めはされていますけれどね」

 ま、素直に言うはずもないか。

 繰り返すけど芥子係長は、この沢井氏が「はずれ屋」で水汲みしていることを知っていた。

 つまり、この手引した存在がいることは確定していいだろうし、それが誰かということを口止めされているというのも、また理解できる話だ。

 では別の切り口を見つけよう。


「口止めを守る沢井さんにとって、アドバンテージはなんなのですか?

 大枠で死刑までの時間が稼げるってのはわかりますけど、それだけじゃないでしょう?」

 そう、どうせ死刑になるなら。すべてを巻き込んで滅茶苦茶にしてやるって、そう思ったっていいんだ。

 それを思いとどまらせているなにか、沢井氏の希望となるなにかがあるはずなんだ。


「簡単なことですよ。

 生宝は決して口を割らないからです」

「そんなに生宝氏を信用できるのですか?

 大奥で、女風呂を覗くような人ですけど」

 うん、最後は僕のハッタリだ。


「逆にお聞きしましょう。

 生宝がぺらぺらと喋ったとして、あなたたちはそれを信用できるのですか?

 10個の時間改変を自白したからと、11個目、12個目がないという自信が持てるのですか?

 あなたたちが生宝の言葉を信じられないこと自体が、私にとっては希望ですし、あなた方と良好な関係を保てるきっかけになるのです。

 生宝は決して口を割らないというのはそういう意味ですし、私は私で、自分からそのきっかけを壊したりしませんよ」

 くっ……。

 よくわかっているじゃないか。

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