第21話 鍛錬1


 更新世ベース基地の中には、道場に相当する施設もあった。

 是田と雄世は、佳苗に指導を引き受けてもらうことを見越して、予め使用予約をしておいていた。

「服はどうするの?

 道着みたいの着るの?」

 雄世に聞かれて、佳苗は首を振った。


「戦場と町中では、同じ格好じゃないでしょ。

 それに、命を狙う方が狙われる方より重装なのは当たり前。だからこそ、装備で負けたは言い訳にならない。そのときそのときで、臨機が尽くせないと。

 相手が着ているもの如何に関わらず、今着ているのがこの洋服なら、これで使える技を磨くのです」

 是田と雄世の目が、「おおう」と驚愕に見開かれた。

 佳苗にとっては当たり前のことでも、この2人には聞いたことがない考え方だったようだ。


「では、まず、なにから?」

 是田が聞くのに、一瞬佳苗は悩んだ。またもや頭の中に二重思考が走ったのだ。

「腕を一本ずつも叩き折ろうか」

「昨夜使った知識を覚えさせられる枕で、痛みを憶えさせようか」

 の2つである。


 佳苗は父から腕の骨を木刀で折られてから、明らかに自分の中でなにかが変わったのを自覚していた。痛みに対する感覚が、極めて具体的なものになったのだ。

 今の佳苗に、「守りたいものがあれば、どんな拷問でも耐えられる」というような精神論は皆無だ。むしろ、拷問される場になったら、ぺらぺら話す方を選ぶだろう。

 その代わり、拷問されるような危険には決して近づかないとか、戦いの場では痛い目に遭わないようにどこまでも効率的に勝つという感覚が、異常なまでに磨かれたと思う。

 つまり、自分自身を冷静に見たら、生きて帰ることに考えが特化した者と言える。


 免許皆伝まで行かなかった佳苗は、これが流派独特の伝承方法なのか、父の思いつきなのか、はたまた父の起こした事故なのかは知ることができなかった。それでも、その変化は自覚している以上、是田と雄世にもその痛みの経験をさせるべきだとは思っていた。

 ただ、ここが仕事に勤務する場である以上、一月以上も治療を要するような怪我はさせないほうが良いのだろうとは思う。

 この辺りは、江戸の佳苗では思いつかないところだ。


「ゾラック。

 昨夜の枕で、疑似記憶を与えることは可能なの?」

「規定に反しないものであれば。

 グレーゾーンであれば、法で決められた検討過程を経る必要があります」

「ありがとう」

 では、あとでこの2人のいない場で、ゾラックに相談しようではないか。


「えっ、今のって……。

 寝て起きたら強くなれるってこと!?」

 是田と雄世が、先走った理解をして目を輝かした。

「そんなわけ、ないでしょ。

 とりあえず、2人で向かい合って、木刀を脇構えに構えて対峙しなさい」

 これはとりあえず、佳苗が今日の時間つなぎに思いついた鍛錬である。


 是田と雄世は共にすでに学んでいたらしく、佳苗の言うことに素直に従って脇構えの型をとった。

 だが……。

「それでは駄目です」

 佳苗は、駄目出ししながら複雑な心境になった。

 なるほど、長い時間の中で、介者剣法は完全に失われたらしい。雄世の言った「『競技』じゃ勝てない」というのは、卓見かもしれない。戦場という概念が、戦う姿勢の中からすっかり無くなっているのだ。


「ゾラック、鎧はありますか?」

「当世具足でしょうか? 大鎧でしょうか?」

「大鎧で、2つ」

「ご用意いたします」

 まずは、大きく重く、より動きにくいところからの鍛錬である。


 ゾラックが用意して壁から出てきた大鎧は、時間整備改善法の法執行のために使われるものなのだろう。一度も身につけたことがない者が前提で、詳細な着用説明が添付されていた。

 まぁ、もっけの幸いである。そうでなければ、着用だけで1日が終わっていただろう。


 それでも1時間以上を無駄にしたが、どことなく可怪しな部分は残るものの、2人は鎧兜に身を固めることができた。

「さて、ここでもう一度。

 相手に隙があったら、思いっきり打ちなさい。鎧を着ていれば、木刀で殴られても死にません」

 佳苗の声に従い、是田と雄世が再び対峙する。


「もっと低く腰を落として。

 太腿が地面と平行になるくらい。ほら、尻を突き出すな、誘っているのか、馬鹿者。

 そうしたら、顎を引いて、鎧の袖に身を隠して」

 さらに佳苗の声が飛ぶ。

 その声に従って、是田と雄世は向き合ったが……。


 5分、保たなかった。

 2人とも3分と経たないうちにがくがくと全身が震えだし、佳苗の叱咤にもかかわらずその場に崩れ落ちてしまったのだ。

 佳苗は「まぁ、こんなもんだよな」と思いながら、それとは裏腹に声を張った。

「情けない。

 戦うどころか、構えだけで立っていられなくなるとは。

 これでは2人とも、まったく価値がない」

 だが、崩れ落ちた2人の口からは、荒い息が漏れるだけで言葉は出てこない。


 それでも10分も経つと、2人はごろりと転がり、四つん這いからようやく立ち上がった。その膝は、ぷるぷると笑っている。

「これ、死ぬ」

 と雄世。

「殺す気か」

 と是田。

「せめて半日くらいは、対峙できるようになりなさい」

 と、無情に佳苗は告げる。

 是田と雄世は、その言葉に再びその場に崩れ落ちた。

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