第51話 幕府のお役人2


 実は是田と僕、このときのために役割分担しておいたんだ。

 とりあえずは僕が口火を切る。

 そして質疑応答も受ける。でも、返答に窮したときは是田が口を出す。こういう流れだ。

 残念だけど、逆にはできない。

 ムカつかないと言ったら嘘になるけど、でも仕方ないんだ。


 江戸だけじゃなく、僕たちの時間でもそういうもんなんだ。

 歳をとって見える是田の言うことの方が重いって、そうしておいた方がいろいろ問題ない。

 逆だと角が立つんだよ。

 僕と是田の中身の問題じゃなくね。


 刑事ドラマで、若い刑事が突っ走って容疑者を責めまくり、年配の刑事が「まあまあ」と割って入って、犯人をオトす。

 これ、逆にすると成立しないんだ。年配の刑事が容疑者を責めまくり、若い刑事が「まあまあ」と割って入ってって、ダメダメだろ。


 そしてこの方法、もう1つ利点がある。

 是田がなだめ役で介入するのを前提にしておけば、僕たちのリクエストが叶うか叶わないかは別にして、すべて口にすることができるんだ。



「その方たち、蘭学を修めていたのか。

 なるほど、『蕎麦屋風情の言うこと』と、うかうか聞いてはおられぬことを言うと思ったわ。

 では聞こうではないか。

 蘭学をもってすれば、水を低きから高きに流すことができると申すか?」

「それはできませぬ。

 とはいえ、天地の理に沿えば、同じような結果は得られましょう」

「どういうことだ?」

 うん、眉根が寄ったな、牧野様の。

 わけがわからないけど、興味は持ってくれたみたいだ。


「一石橋にて神田上水、銭瓶橋にて玉川上水の余り水が出ております。

 ここが江戸の水道の最下地。

 ただしここの堀は半ば海の水が交じる地にて、潮の満ち干がございます。

 干潮のときに水槽を積んだ船にて上水の余り水を受け、満潮時に放水すれば、労せずして水を低きから高きに流すことになりましょう。

 我らが『はずれ屋』は、江戸の方々への恩返しに、この水を受ける水槽船を作りたく、伏してお願いたてまつります」

「……なるほど。

 ただし、そうなると常時通水は難しくなるであろうな」

「いえいえ、この水槽船を2隻用意することで、汲むのと放水を1日2回の潮の満ち干に合わせることで、通水時間を伸ばすことができまする。

 1日1回の潮の満ち干のときであっても、2隻分の水量は確保できましょう。各上水枡が尽きることはございますまい」

「なるほど」

 再び牧野様はそう言うと考え込んこんだ。


 江戸の水道は地下を流れ、細かく枡が設けられている。

 その枡の上に釣瓶が設置され、一見井戸水を汲んでいるような状態で使われている。

 これは実用上の工夫なんだろうけれど、水道網自体が無数の各枡にかなりの水量の蓄えを持つことになるから、これ自体が水の供給の常時性を担保するバッファになるんだ。



「なるほど」

 牧野様、もう一度頷いた。

 そしてその上で聞いてきた。

「だが、今、桶に上水を汲み運んでおりし者共は、その職を失うこととなろう。

 それについては如何?」

 ……この人、こういうこと聞いてくるんだ。「大の虫を活かすためには小の虫の命など……」とか言い出すのが、こういう屋敷に住んでいる人が言いそうなセリフだけどね。

 昔の時代劇だとみんなそうだったし。


「水槽船の運用管理、水を運んだ先の水道網の整備等、人はいくらでも必要でございましょう。

 差配役を決め管理せしめれば、他の上水となんら変わることなく。

 また、江戸城より下流であるということから、町人たちにすべて任せるのも一興かと……」 

「……ふむ、なるほど」

 それ、口癖なん、牧野様?


「わしは、なんの約束もできぬ。

 越後高田でできた縁により、この話を聞いただけに過ぎぬ。

 ただ、北町奉行、北条氏平ほうじょう うじひら殿、南町奉行甲斐庄正親かいのしょう まさちか殿に話はさせていただこう。

 水番所にはそちらから話がつながろう。

 わしにできるのはそれのみだが……」

「ありがたき幸せ」

 そう言って、僕たちは頭を下げた。


「ただのう……」

「なんでございましょうや?」

「1つわしの願いも聞いてくれぬか?」

 ……賄賂の請求じゃないだろうな?

 柿の仕入れ前で、空手で来ちゃった僕たちも悪いけど。


「まこと言い難き仕儀ながら、蘭学を活かした蕎麦とはどのようなものなのか、一度食べせさせてくれぬか?

 なに、もちろん代は払う」

 え、なんだ、そんなことかい。

 なんか、可愛い言いぐさだな。


「それから、目太と比古と申したが、それは通称であろう。

 遠慮なく、蘭学上の学名を名乗られよ」

 ……う、そうか、それはそうなるかもな。

 また、僕たちがそういう名を名乗っておかないと、牧野様も両町奉行に話がしにくいだろうしね。

 こんなの、是田と打ち合わせてなかった。

 いいや、本名名乗っちゃえ。


「はは、我が名は雄世およ 比古志ひこし

「我が名は是田これだ 芽太めだ

 蕎麦につきましては、是非にも馳走させていただきたく。

 また、蕎麦に限らず、蘭の食、さまざまに取り揃え、出張料理いたしましょうぞ。

 よろしければ、牧野様ご同輩の方たちもご一緒に……」

 是田の言葉に、牧野様、思いっきり顔がほころんだ。


 賄賂は良くないことだけど、これはこれでまぁ、いいんじゃないかな。

 僕たちみたいな許認可系じゃ、話が生臭くなりすぎていやらしいけれど。

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