第22話 シーフードと薬種(スパイス)


 本来的には、元の時の流れに連れ戻してもらえるならば嬉しい。

 ただ、更新世ベース基地からとなると、話は別だ。こればっかりは絶対に、絶対に嫌だ。だって、問答無用で可能性があるからだ。


 カレーうどんは現場を直接目撃されない限り、そしてレシピがばれない限り、時間の流れそのものは変わらないから、疑わしきは罰せずに持っていけるだろう。

 だけど、寿司は作り方含めて確実にバレるから真似するヤツが現れて、時間の流れが変わってしまって、「無許可時間改変」とされてアウトになっちゃう。フライもきっと真似ができるだろう。パンはなくても元々饅頭はあるからだ。


 そして、僕たちはなんといっても職員だ。つまり、「改正時間整備改善法」違反が現認され有罪と目されたら、処分がより苛烈になる可能性がある。そして、ベース基地は軍事基地みたいなもんだから、僕たちとは荒っぽさの桁が3つくらい違う。


 そりゃあね、起訴して裁判に掛けるのとかが正しいやり方だよ。

 でも、僕と是田が身柄拘束の際に抵抗したから、とか理屈が付けば……。身体に穴があいて風通しが良くなってしまうかも。

 むしろ、積極的にされてしまう可能性は高い。


 前にも言ったけど、「改正時間整備改善法」に規定されている罰則は重い。

 それこそ、懲役がないほど思い切り重い。

 国家に対する内乱だの外患誘致だのより、さらにたちの悪い犯罪になるからだ。だって、国家どころか、人類史に対する反逆だからね。死刑または無期禁錮しかないんだよ。

 法改正で、許認可はゆるゆるになったのに、罰則はそのまま残されているんだ。


 さらに言えば、カレーうどんであれば、置き去りにされ情報端末も使えない状況で、綱吉暗殺の件をなんとしても芥子係長に連絡したかったからという緊急避難的な言い訳もできる。

 あくまで言い訳で、けっして情状酌量はしてもらえないだろうけれど。


 だけど、寿司とフライは無理だ。どんな動機の言い訳すらもできない。

 カキフライはフランス料理に逆輸出されているし、特に握り寿司に至っては、世界史案件だ。握り寿司を生み出した華屋与兵衛の名は、今や世界中の人が知っているからね。江戸で無双したいがために寿司を作ったなんて受け取られたら、これはもう無条件に死刑だ。


 でもって、フライと寿司が当たって大儲けしてしまったら、無許可での時間改変という罪状で済まない可能性がある。江戸の貨幣体系には小判があるから、あまりに儲けると、金地金の違法時間貿易が成立してしまう。

 まして、僕たちは、「そんな法律は知りませんでした」という言い逃れもできない立場だ。


 こうなっても、まぁ、死刑は死刑で、それ以上の刑罰はない。であっても、罪状は更に重くなり、僕と是田の両親も親戚も、世間から石を投げられることになるだろう。

 ネット上では、卒業アルバムの写真から作文まですべて晒されて、死んでからも悪逆非道の輩として歴史に名が残る。更新世のベース基地のサーバーにデータが残って、260万年の長きにわたって悪評が轟き、小学校から高校までの教科書に写真付きで顔が載ってしまう。


 こうなると、親が泣くとか、教科書の僕たちの顔に落書きされるとか以前に、雄世と是田の先祖から抹殺しなきゃと、「人道的時間改変計画書」が誰かによって書かれて申請がされちゃうよ。

 こうなったら、一族もろとも100年遡って抹殺だ。


「結局……。

 異世界に行ったヤツが無双するみたいなそんな話、どうやっても僕たちには無理ってことなんですかね」

 僕の上がったテンション、谷底まで落ちてしまった。

 膝から崩れ落ちちゃった感じだ。


「一概には言えないけどな。

 ただ、今の話、少なくとも無駄にはならないんじゃないかな……」

「どういうことです?」

「少なくとも、肉が手に入らなくてもシーフードカレーって線はあるかもしれないぞ。

 あのさ、コロ壱で、あさりカレーってあったよな。さっきの話で、鯵カレーとかはちょっと無理あるかもだけど、浅蜊とか牡蠣ならなんとかなるんじゃねーか?

 肉なくても、この辺ならコクがあるし、けっこううまくいく気がする……」

「うーん、代用ですけど、的の近くを狙わせたら、是田さん、上手いですもんね」

「こっ、この野郎!」

 あっ、これってまた失言に相当するのかな?

 是田、怒っていて、顔真っ赤になったぞ。


「うわっ、褒めているんですよっ、僕、褒めているんですってば!」

「そうは聞こえねぇよっ!

 的を狙うのは下手だって言ってるだろっ!

 てめえはまったく、いつもいつも、面と向かって人をこき下ろしやがる。

 係長がああじゃなかったら、俺がまっ先にお前を絞めているところだ」

「……暴力反対」

 是田の剣幕に、僕はビビりながら異を唱える。


「ちっとも反省してねーなっ、おめーはよっ!」

「いやだなー、先輩。

 こんなに反省しているじゃねーですかっ」

 僕の言い逃れに、是田、ふうふうと肩で息をしている。

 ったく、本当のこと言われたからって、そんなに怒んなくたっていいのに……。



「じゃあ、浅蜊と牡蠣カレーでいいとして、肝心のスパイスはどうするんです?」

 また怒り出すかもしれないけど、僕、是田にそう聞いた。

「あ、う、少しはてめえも考えろっ!」

 あ、やっぱり怒った。

 まったくもー、先輩のくせに、この人ったら、なんもできないんだから……。

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