第21話 ミックスフライは作れない


新咲庵しんしょうあんで、700円で出前してもらっていたカレーうどんが、ここまでハードルが高いものだったなんてなぁ」

「そういうのいらないです。

 やめてください。

 なんか、僕、マジ泣きたくなってきました。

 もう二度と、カツ丼もハンバーガーも、カツカレーも、カキフライも食べられないんだ……」

 腹はまだ減っていないけど、それなのに背筋とか脇腹とか、恐ろしく寒くなってきた。宿の部屋の中にいても、秋の夕暮れの寒さが忍び込んできて身に染みる。

 これ、身体より、心が寒いんだ。



「……カキフライは食えるけどな。

 ついでに、アジフライも」

 是田、しれっと僕の絶望に水を差してきた。

 言葉の誤用だって?

 いいんだよ。もう、それどころじゃない。


「カキフライもアジフライも喰えるって、どういうことですか?」

 僕は、是田を問い詰めていた。

 ちょっと血相が変わっていたかもしれない。

 食べるものだけでも自分の時代のものだったら、それだけで耐えられるって部分は確実にあると思うんだ。もはや自分の世界に戻れない可能性が高い以上、せめて自分の周りだけでも少しは現代化したいし、それができる唯一の自由が食なんだもんね。

 それ以外となると、空調一つとっても難し過ぎるからだ。


「江戸前の海は、牡蠣とかアサリとか、あと鰻とかキスとか鯵も無限に獲れるから。値段もすごく安いぞ」

「本当ですか?」

「肉は食えなくても、貝とかでたんぱく質取れるくらいだ。深川飯とかの名物もあるだろ。

 俺、ほら、船釣りに行くから、東京湾ならよく知っているんだ。

 アサクサノリの復活なんてのをやっている人たちもいるし、牡蠣なんかは今でも岩場にはいくらでもいるそうだ。それこそ、『江戸前』ってやつだよ。

 あっ、この『今』は、僕たちの『今』、な。

 あと、小麦粉はあるんだから、多少いい加減でも捏ねて焼いて崩せばパン粉にはなるだろ。饅頭の皮だって使えそうだしな。

 玉子も高いけど、そこまで珍しくはない。

 むしろ高いのは揚げ油だろうな。だけど、もう今の時代は天ぷらの屋台もたくさんあるし、そこまで法外な値段でもないだろう。

 つまり、カキフライとアジフライなら食える」

「イノシシの肉が手に入れば、とんかつだって……」

「ああ、高くは付くだろうけど、楽勝だ」


 僕、自分という人間はそれなりに節操があると思っていた。

 30秒前まで、是田のことを一生許せないって思ってもいた。

 でも、カキフライとアジフライととんかつが食えるかもって思ったら、是田のことをちょっとは許してもいいかな、なんて思ってしまった。

 だってさ、江戸前の魚介類をフライに揚げたら、美味にもほどがあるんじゃないかな。全部、それこそ全部がこのエリア産食材だからね。

 エビフライも足して、目指せ、ミックスフライ定食だっ!


 どんな料理を作ろうが、この時代の材料を使って作るわけだから、未来からなにかを持ち込んだわけじゃない。転がり込んだ長屋で、個人的に楽しむ分には法的にも問題ない。


 カキフライ、アジフライ、イカリングなんかもいけそうだし、あっ、江戸前車海老でエビフライとか、すっごくいいかもだ。

 それに、ソースがないって言われるかもしれないけど、僕はアジフライとかは醤油の方が美味しいと思っている。イカリングなんかも、辛子を付けて醤油だ。

 これ、串カツ屋とかで商売したら、大儲けできるんじゃないだろうか。

 ああっ、これは絶対いいっ。

 絶対に左うちわになれるっ。


「いっそカレーうどんじゃなくて、フライで商売すりゃいいじゃないですか。

 それに、握り寿司作って売り出してもいいですし」

 なんか、僕、未来を明るく感じてきちゃったよ。

 それこそ、異世界無双じゃねーか。

 いよいよ、運が向いてきたかなっ!!



「雄世、お前、馬鹿か?」

「は?」

 突然なんだよ?

 僕、よりにもよってアンタに、『馬鹿』呼ばわりされる筋合いはないぞ。


「なんでお前、芥子係長をおびき寄せるためのカレーうどんって大前提を忘れるんだよ?

 それにな、この時代の揚げ物といったら、天ぷらなんだよ。

 屋台で作るのに、天ぷらなら簡単だろ?

 フライはパン粉から作らなきゃだし、衣をつける手順も多いし、油も汚れるし。

 自分で食べるために作るならまだしも、商売にはならんだろ。

 それよりなにより、フライと寿司の歴史を前倒しするのに、『人道的時間改変計画書』に書けるような人道的理由とか根拠が思い浮かぶのか?」

 ああ……。


 あまりに真っ暗な中で見えた一筋の光に、僕は我を忘れていたんだ。異世界で無双する話がウケるのもわかるよ。一筋の光をたどって、一直線にどんどん成功に近づいていける。そういう話がつまらないはずがない。

 でも、僕たちは、「改正時間整備改善法」でそれが封じられていたんだ。

 しかも、それを是田に指摘されるだなんて……。


「それは……。

 僕たちが、フライとか寿司とか作って売ると、元の時代に戻れても犯罪者でしたね……」

「ああ、戻るっていうか、連れ戻されるかもな……。

 それも、更新世ベース基地からだ」

 ……うっわ、洒落にならねぇ。

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