第20話 江戸でカレーうどん、ハードル高し
で、そこまで聞けば、あとは言われなくても是田の考えはわかる。
突然江戸の町をカレーうどんが席巻したら、芥子係長も僕たちのことを思い出さざるを得ない。
しかも、僕たちは歴史改変を無許可でやっちまったことになる。
そうなると僕たちの名前も後世に残るし、芥子係長が言い逃れするための『是田と雄世は、江戸で喧嘩して死んでしまった』っていう捏造もできなくなる。
結果として、迎えに来ざるを得なくなるんだ。
その上で、「係長のために、江戸でカレーうどんを作りました」って僕たちが言い出したら、さすがの芥子係長もすべてを揉み消す方を選ぶだろう。
そして、僕たちがカレーうどんのレシピを「現時人」に知られないようにしていれば、僕たちが未来に帰ると同時にカレーうどんも江戸から消える。再現しようと考えるヤツがいたとしても、常世の食べ物という思い込みがあるし、和食の範疇から外れている部分があるからさすがに無理なはずだ。
更新世のベース基地から見たらバレるけど、悪魔の証明に持ち込めたら、誤差の範囲と捉えてもらえるかもしれない。
つまり、元禄の爛熟の世に(正確には1つ手前の貞享だけどさ)に徒花のような咲いた天竺うどんが、明治の世に生まれたカレーうどんと同一なものだと、後世で証明できない限り、僕たちが時間の改変をしたということにはならない。
いくらなんでも、証拠もなしに人を死刑にはできないから、僕たちのやり方次第で、時の流れの中の誤差の範囲ととらえてもらえるんじゃないかな。
すべてを分かっている上で、疑わしきは罰せずの法原理に持ち込むんだ。
ただなぁ……。
カレーうどん案、いいことばかりじゃない。
いくつも致命的問題があるような気がするんだよな。
それに気がついているのかな、的外しの是田さんは。
「そもそもですけど、是田さん、是田さんは料理はできるんですか?」
「できる。
安心しろ。
インスタントラーメン作るのなら、名人級だぞ」
僕、あまりの返答に、口をぽかんと開けちまったよ。でも、必死に心を立て直す。
「それはインスタントラーメン、そのものを作れるってことでいいんですよね?」
そう確認する僕の口調、なにかに縋るようなものになってしまったけど、まぁ、しかたない。
望み薄のことを切実に願うとき、人はこんな口調になってしまうものだ。
「ん?
もやしとバターを入れるとうまいんだぞ。
あと、俺特製としてだな、サッポロ三番の塩ラ……」
是田め、必死に心を立て直した僕の心に膝カックンして、瞬時に絶望の淵に叩き落としてくれた。
「あのな、オイっ!
今、僕たちがカレーうどんを作るのに必要なスキルは、インスタントラーメンそのものを小麦粉から作るような技術なんだよ。
是田さんが言っていることは、下ごしらえできているカレーうどん茹でるだけじゃないですかっ?」
「雄世、じゃ、お前なら作れるって言うのかよ?」
その逆ギレ、僕に対する逆襲のつもりなのか?
そんな問題じゃないだろ?
その逆ギレで、僕が料理できるようになったら、そりゃあ奇跡だよっ!
って、僕、是田のことを先輩ではあっても尊敬はしていないもんだから、ちょくちょく言葉がちぐはぐで荒くなるな。
ま、仕方ない。
尊敬されるような先輩じゃあない、是田が悪いんだ。
「僕がそこまで料理ができてたら、是田さんに料理できるかなんて聞きませんよ!」
「雄世、偉そうなことばっか言っているお前だって、ダメってことじゃないかっ!」
「僕のせいじゃありませんっ。
そもそも、是田さんが係長に喧嘩売ったからじゃないですか!」
「そこをまた蒸し返すか?」
「蒸し返すって言うほど、時間が経ってませんよっ!
まだ4時間くらい前のことですっ!」
「くっそっ!」
是田、思いっきり床の畳を殴りつける。
ものに当たるなよっ!
子供かっ!
あのな、「くっそっ!」じゃねーんだよ。
みんなアンタのせいで、僕は巻き込まれただけだ。そもそも僕の失言だって、出なくて済んだんだ。
だいたい、料理もできないって、ぽんこつにも程があるだろうよ。
僕も、できないけどさっ。
カレーうどんに限っては、佳苗ちゃんが料理できても意味がないんだぞっ!
とはいえ、まぁたしかに、江戸でカレーうどんってのは良い手だ。万に一つ、係長が現れるかもしれない。他の食べ物じゃ、係長に訴求する力がないけれど。
だけど、それを実行する腕が僕たちにはない。
それに、さらにそれ以前のそもそも論だけど……。
「是田さん。
カレーうどん作る料理の腕の件は
「材料って?」
「他のうどんと違って、まず肉が入りますよね。
鶏肉にしても豚肉にしても、この時代、仕入れという形で手に入るんでしょうか?
ももんじ屋って肉を喰わせる店はあるとは聞きますけど、精肉店はあるのかな、と。
そして、最大の問題が
カレー粉なんて、江戸中探したって、絶対売ってません。
自分たちでスパイスを混ぜるしかないでしょうけれど、カレーの材料になるスパイスといったら、ターメリックと胡椒と……、あとは僕、知りませんよ。
しかも、スパイス屋なんて江戸にはないでしょう?
カレーの材料のスパイスがなにをどれくらい入れるかがわかったとしても、そもそも買えないんじゃないですか?」
僕の立て続けの反論に、しゅーんって感じで、是田が小さくなった気がした。
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