第10話 盗み聞き……
そーっと覗くと、話している生宝氏の顔が斜め前から見えた。
何回か面接もしているから、知った顔だ。
若くして財を築き、鼻の下に髭をたくわえ、余裕に満ちた表情をしている。世の一般的な評価で言えば、おしゃれな男なのだろう。でも悪く言えば、ちょっといやらしいオヤジの風格をすでに身にまとっているとも言える。
僕個人の感想で言えば、鼻持ちならないってやつだ。
「まさか、時間整備局の連中がここに現れて、話を聞いてたりしないだろうな?」
「その心配は不要だ。
彼らはクソ真面目で融通の利かないバカどもだから、完了検査にしか来ない。今までだってそうだし、これからだってそうだ。
完了検査後には一度だって姿を見せなかったし、だからその後に過去の時間にかなり長い間いても、特になにも指摘されなかった。
そういう時間整備局の連中の動きの確認のためもあって、今までに何回も時間改変してきたんだからな」
生宝さん、アンタ、なに考えてんだ?
でもって、今生宝氏と話している男、アフリカ系日本人だったって紹介された秘書だよね。
なんかあのときは生宝氏に対してやたらと丁寧だったけど、今はタメ口なんだな。どういう関係なんだ……。。
でだけど、あのな、アンタのいうことは一面で正しく、一面で間違っているぞ。
ストーカー規制法ができてから、トータルでの完了検査に掛けられる観察時間の総量が決められてしまったんだよ。僕たちの仕事での観察だって、推定無罪の前提からみればストーカーに等しいと。
だから、その時間配分は極力後回しにする。なにか問題があって、継続観察したいときに、もう観察時間が残っていなかったじゃ済まないからだ。
このあたり、道路工事と似ている。
天災があったときの原状復帰に必要だから、土木工事にとりかかる時期は極力遅らせる。予算が余って、その消化に年度末の工事が行われているって誤解は根強いけど、とんでもないことだ。4月に工事して予算消化しちゃった挙げ句に台風が来たりしたら、翌年度までその破損場所の補修はできなくなってしまうし、大雪が降っても雪かきすらできない。
そもそも、天災用の積立基金ですら税金の無駄遣いだと仕分けされちゃっている昨今なのに、そのあらぬ誤解のために、工事は年度の最初に前倒しされることが多くなっている。結果として、誤解から自分で自分の住む地域の首を絞めあげる例があって、まったく、それのなにが楽しいのか、理のある正義感なのかすら僕たちにはわからないよ。
まぁ、それはともかく、明確に怪しい事例となれば、当然ストーカー規制法の網から外れ観察時間を増やせる。
それに今、僕たちは遭難した結果、偶然聞いてしまっているわけだからそもそも観察時間には当たらないって考え方もできる。
その企み、しっかり聞かせてもらおうじゃねーか。
とはいえ、今は秋。
虫の鳴き声も大きい。おかげで僕たちも気が付かれずに済んでいるけど、耳を澄ませていないと良くは聞き取れない。
「とりあえず、明日からしばらくは晴れる。
これは本当に良かった。
ホログラム投影のデータとECS (Electromagnetic Camouflage System)スーツを組み合わせても、雨粒はごまかせないし、なにより足跡は消せないからな。
「よし。
まぁ、失敗はありえないが、充電だけは確認しておけよ。
よくよく下見を繰り返して、実行は綺麗に終わらせるんだ。
どんな意味でも、凡ミスしたら悲しすぎるってもんだ」
「大丈夫だよ、フル充電になっているよ。
これで10日くらいは大丈夫だし、替えのバッテリーも3つからあるから、一ヶ月は余裕だ。
大奥に物理的に閉じ込められても問題ないが、脱出経路が複数用意できるまでは取り掛からねぇよ」
……こいつら、江戸城の大奥まで入り込んでなにするつもりなんだろう?
大奥、女の園の見物だけが目的だろうか?
それにしちゃ、大掛かりすぎる。
見るだけだったら、蚊型ドローンだって使えるのに、わざわざECSまで使うってなると、自分の体ごと大奥に行くってことだよな。
大奥に入るのにはお鈴廊下と呼ばれる廊下しかないし、そこにも「七ツ口」と呼ばれる門があって、開いている時間は案外短くて厳重に管理されている。だから、いくら光学的に姿を隠せても、出てこれないってことはありうることだ。
それに、女性の園ではあっても、別式女という一流の武道の達人もいるだろうし、気配を察して斬られるなんてことすらもありうるだろう。
僕たちの時間じゃ考えられないけど、人生の時間のすべてを武道に突っ込んじゃったなんて人間の怖さ、常識じゃ考えられない世界だからね。
で、時間跳躍機で大奥なんて狭い空間に直接飛ぶのは、よほどに構造にも人の流れにも詳しくないとさすがに見つかっちまう。だから、外から入るんだろうけど、だからこそ脱出経路が大切になるんだな。
で、その目的だけど……。
まさか、奥女中をレイプでもしようってことなんだろうか。時間の流れが変わっちまうぞ、そんなことしたら。
「まぁ、これで生類憐れみの令も終わりだな。
忠臣蔵もなくなる。
本当にせいせいするぜ」
今、なんて言った?
「ああ、奴は小男だし、頑丈な体質でもない。
どんな方法でも、
……おい?
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