第90話 人事発令
ある日、僕は突然次長に呼ばれた。
「はい?」
「所属長が呼んでる」
「ぼ、僕ですか?
あの、係長も一緒に?」
「あ、いや、雄世だけだ」
……えっ?
僕、なにを怒られるんだろう?
突然の名指しはヒビるよね。
僕以外の誰も呼ばれてないってなると、絶対に碌なことじゃない。
芥子係長は僕の顔をちろんと見て、小さくため息を吐いた。
是田は、黙って目を伏せた。くっ、僕のことを見捨てたな。
他の2人の係員も、パソコンのディスプレイから目を離さない。知らんぷりかよっ!
びくびくしながら、次長に先導されて所属長の部屋に行く。
「おう、来たか。
まぁ、座れ」
えっ、ここの応接セットに?
僕、嫌なんですけど……。
「どうした?」
「はい」
僕はそう応えて、所属長の前に座る。
だって、もう逃げられないからね。
こうなったら、
「雄世比古志君。内示を伝える」
「えっ、今ですか?」
「慣例により、遠隔地内示は通常の内示より2週間早い。
知っているだろ?」
「あっ、はいっ」
思わず、僕、座り直して背を伸ばす。
「時間整備局時間管理部時間管理課、極東アジア担当を命ずる。
この内示を受けるか否か、返答を」
時間管理部は、更新世ベース基地の正式名称だ。
僕の希望、通ったんだ。
「ありがたく、受けさせていただきます」
僕、かちんこちんに緊張し、改まって答える。
「おめでとう。希望が適ったな。
辞令は、異動前日に渡すことになる」
「はい、次長、ありがとうございます」
ああ僕、佳苗ちゃんに会えるんだ。
思考の隅で、僕はそんなことを考えていた。
……そう、その時の僕は時間管理部での勤務の現実を知らなかったから、呑気なもんだったんだよ。
次長はさらに説明を続けた。
A4の紙を読み上げる感じだったから、次長自身も知らないことだったんだろう。
「まずは、遠隔地扱いだから、ここの時間整備部勤務と異なり、君自身の時間の流れは途切れない。つまり、3月31日深夜に出発し、時間管理部で勤務した後に戻ってくるのは出発から1時間後だ。これは、時間管理部での勤務が長期間にわたっても変わらない。
あくまでこれは雄世君にとっての時間の流れはここにあるという前提でなされる措置だ。
つまり、ここでの雄世君の時間は途切れないが、雄世君の主観ではご家族にもしばらくは会えなくなる」
なるほど。
前回の江戸出張と同じか。
考えてみたら、生きるということは、自分の身の回りのものと一緒に時を過ごすということだ。流行り廃りを肌で感じ、歳を取ることが人生と考えれば、この措置も理解できなくはない。
空間ではなく、時を跳ぶということから作られた措置なんだろう。
次長は説明を続ける。
「またこれは、更新世ベース基地に対するテロの防止の観点からなされているという意味もある。なので、その意を汲んで、今回の人事発令はあまり言いふらさないほうが良いだろう。
最後に、この時間管理部での勤務期間は、『人事記録上の勤務期間』に相当させることも、させないこともできる。一見、時間整備部に勤務し続けたようにもできるわけだから、本人の希望でこのあたりは選択できる」
「それって、時間管理部での勤務期間はボランティアということですか?」
そりゃ聞くよ。
例えば5年とか6年とか働いたのがチャラになるんじゃ、辛いからね。
「私は、『人事記録上の勤務期間』と言ったんだ。
人事記録に勤務記録自体は残るから、『人事記録上の勤務期間』に相当させないならば、雄世君の年齢はそのまま27歳という扱いになるわけだから、戻ってきたら主任発令を飛び越えて副主幹発令となることのイレギュラーさがわかると思う。
当然、定年退職までに務める生涯勤務期間も実質伸びることになる。その分、まぁ、平たく言えば偉くなることが可能だ。
27歳での副主幹発令は、通常、例がないからな」
なるほど。
戻ってきたら、いきなり是田の上に行けるわけか。
「その逆に、『人事記録上の勤務期間』に相当させるなら、30歳台半ばで戻ってきての副主幹発令となる。
生涯勤務期間は通常と変わらないことになるし、それ以降の昇進も通常通りだ。
このあたりは、雄世君がこの組織の中でどう生きたいかで決めればいいんだ」
なるほど。
こっちでも、戻ってきたら、いきなり是田の上に行けるわけではあっても、是田自身が悔しがらないんだな。
「次長、それはいつ選択するのですか?」
「こちらに戻ってくるときだ。
だから、雄世君の体感時間では数年後ということになる」
「わかりました」
なんか、はるか先の未来で決めればいいって気になるな。
「なお、時間管理部での衣食住はすべて保証される。
給料は使う先もないし、貯金ができるぞ。
それから、3月31日以前に、テンポラルを覚える必要がある」
「なんでしょうか、それ?」
僕、反射的に聞く。
「時間語だ。
時間管理部は、世界中のあらゆる時間の人たちが集まっている。共通認識を得るためにも、独自の人工言語が必要なんだ」
「……1ヶ月で言語を1つマスターしろと?」
「このあたりは、芥子係長に聞くといい」
「……はい」
これはエライことになってきたなぁ。
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